| ラテンアメリカの貧困な村に,巨大な翼を持つ老人が突然現れる.村人たちは彼を天使だと考え,奇跡の癒しを求めて殺到する.しかし老人は何もせず,ただ苦しみながら存在するだけである.やがて村人たちの関心は薄れ――. |
貧しい夫婦の家の庭先に巨大な翼を持つ老いた男が倒れている.ガブリエル・ガルシア=マルケス(Gabriel García Márquez)特有の叙述戦略で超自然的存在が日常の延長線上に置かれ,人間は異物にどう振る舞うのかという道徳的問題へ誘導される.1955年,マルケスはこの短編を「エル・エスペクタドール」紙に掲載した.当時まだ国際的名声を得ておらず,ジャーナリズムと文学の境界を行き来していた時期だ.その経験は本作に鋭い観察眼として刻まれている.
老いた男をめぐる村人たちの反応は,社会事件を消費する群衆のルポルタージュのように描かれており,そこを支配するのは乾いた記録性である.実証的な視点が,説教的な道徳化を拒んでいる.老いた男は檻に入れられ,見世物として金銭を生む対象へと転落する.村人たちは彼を救済するどころか,利益と娯楽の源泉として扱う.彼らは明確な悪意を抱いていない.むしろ常識的に,現実的に行動しているにすぎない.マルケスはこの善意なき残酷を,説教を排して描き出す.
人間は必ずしも邪悪である必要はない.ただ無関心であれば,十分に残酷になれるという洞察である.対照的に描かれるのが,見世物小屋で人気を呼ぶ「蜘蛛女」である.彼女は明確な過去と教訓を語ることで,容易に理解される存在となる.人間社会における物語化された苦難への嗜好においては,理解可能で,教訓的で,消費しやすい不幸は歓迎される.
意味を拒む存在――翼はあれど奇跡を起こさず,言葉も語らない老いた男――は忌避されるのである.マルケス自身は後年「ラテンアメリカの現実をそのまま書いているだけだ」と語った.問題は奇跡的存在の不在ではなく,人間の想像力の貧困なのだろう.老いた男は最後,静かに飛び去る.だがその瞬間に救済や啓示がもたらされることはない.残るのは,男を利用し,消費し,忘却した人々の日常だけである.
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Title: UN SEÑOR MUY VIEJO CON UNAS ALAS ENORMES
Author: Gabriel García Márquez
ISBN: 4309467547
© 2022 河出書房新社
