| ニュージーランド南端の小さな町.小さな家に一人暮らしのバートは今日も暗いうちから起きてバイクを轟かせる.少し近所迷惑なこのバイクは,1920年型インディアン・スカウト.彼の夢はこのインディアン号でライダーの聖地,アメリカ・ユタ州のボンヌヴィル塩平原で行われる大会で世界記録に挑戦すること.60歳を過ぎ,年金暮らしの彼には夢のような話だが,このまま夢で終わらせたくない,と決心を固めたバートはインディアン号とともにユタ州へ向かう…. |
近代技術文明の外縁に置かれた実在のライダー,バート・マンロー(Burt Munro)の情熱と時間感覚.高齢者の挑戦,夢の実現といった類型に回収されがちだが,細部に目を凝らすと,むしろ記憶と場所,身体が積み重なっていく過程を主題化した映画であることが解る.マンローの自宅や工房の場面で使われた道具の多くは,彼が所有していた本物であり,アンソニー・ホプキンス(Anthony Hopkins)が劇中で手にする爆発したピストン,鋳型もその一部である.これらはかつてサウスランド博物館・美術館に展示され,マンローの長年の試行錯誤と失敗の痕跡を伝えた.
映画において機械が語るように感じられるのは,実在の物質が,フィクションの内部にそのまま持ち込まれているからであろう.衣装においても徹底がなされている.ホプキンスは役柄のリアリティを高めるため,マンローの息子から借りたネクタイなど,実際に家族が使用していた衣類の一部を身につけて演じている.方法論的に見ればスタニスラフスキー的リアリズムの実践とも言えるが,本作の場合,他人の人生を「借りる」ことへの慎重さが感じられる.偏屈,冗長,時に厄介な老人として描かれるマンローは,身体的レベルでの演技的接近によって支えられている.映画の時間感覚は,乗り物の描写にも明確に表れている.
マンローが日常的に使用するボクスホールに装着されている黄色地に黒文字のナンバープレート(1961年発行)は,ニュージーランドが黒地に銀文字のプレートへと恒久的に切り替わる直前,最後の臨時シリーズである.番号「780 966」は,771 001から802 500までが割り当てられていたインバーカーギル地域を正確に示し,映画は地理的・歴史的な正確さを犠牲にしていない.こうした細部は観客に説明されることはないが,この人物は確かにここに生きていた重みを静かに補強している.マンローは,1920年型スカウトを改造し,ボンネビル・ソルトフラッツで世界最高速度に挑んだ.
インディアン社は一時代を築きながらも衰退したブランドで,1960年代にはすでに過去の遺物と見なされていた.その機械を,庭先で鋳造したピストンと手作業の改良だけで世界記録にまで引き上げる.最先端技術こそが進歩という近代の信仰への,リアルな異議申し立てである.マンローが1967年に記録した時速295.453kmは,現在に至るまで同クラスの世界記録として残っている.ボンネビル塩平原は,国家,年齢,職業,成功といった社会的属性が剥ぎ取られ,人と機械と意志だけが残る場所である.本作が執拗に描くのは,そこに至るまでの長い準備と孤独であり,最高速度の物語でありながら,時間をかけることの尊厳が前景化されている.
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原題: THE WORLD'S FASTEST INDIAN
監督: ロジャー・ドナルドソン
127分/ニュージーランド=アメリカ/2005年
© 2005 WFI Production Ltd.
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