| 「『欲望』という名の電車に乗って」ブランチが降り立ったのは,ニューオーリアンズの下町フレンチ・クォーター.南部の大農園の娘から身を持ちくずし,妹ステラのアパートに身を寄せた.傷心のまま過去の夢に生きる彼女を迎えたのはしかし,ステラの夫スタンリーらの,粗暴なまでの"新しいアメリカ"の生だった――. |
没落する南部貴族の幻想(オールド・サウス)と台頭する産業社会の現実(ニュー・サウス)とのあいだに生じた地殻変動を,一つの家族に担わせた悲劇である.テネシー・ウィリアムズ(Tennessee Williams)がニューオーリンズのフレンチ・クオーターに住んでいた頃,欲望(Desire)行きと墓場(Cemeteries)行きの路面電車が実際に彼の部屋の近くを走っていた.ブランチ・デュボワの有名な第一声——「『欲望』という名の電車に乗って,『墓場』で乗り換え,『極楽』で降りる」——が詩的比喩ではなく当時の交通ルートであった事実は,そのまま劇の論理へと昇華される.
欲望に身を任せた果てに死(墓場)を迎え,行き着く先が極楽という名の安普請のアパートであるというアイロニー.冒頭のわずか数行で,ブランチはすでに「死にゆく存在」として舞台に迷い込んできたことが,宣告されている.本作の初期ワーキング・タイトルは,『蛾(The Moth)』だった.蛾は暗闇を好む一方,自らを焼き尽くす炎に抗いがたく引き寄せられる.ブランチもまた,老いと過去の罪から逃れるために裸電球に色紙の提灯を被せ,真実の光を遮断して幻想の中に生きようとしながら,自らを破滅へ導く――欲望の炎(若い兵士たち,見知らぬ男たちへの性衝動)――に飛び込まずにいられない.
ウィリアムズの当初の構想では,スタンリー・コワルスキーはより明確な「悪役」として造形されていた.ブロードウェイ初演で当時無名のマーロン・ブランド(Marlon Brando)がこの役を演じたことで,劇の力学は一変する.ブランドは,スタンリーに抗いがたい動物的魅力とある種の純粋さを与えた.論理の上では,スタンリーはブランチを精神的に追い詰め,最終的に陵辱する加害者である.しかし強烈な生命力の前に,観客は彼へ引き寄せられてゆく.美しく脆い過去を,野蛮だが生命力に溢れる現在が駆逐する必然を,ウィリアムズは観客に皮膚感覚で——そして共犯的に——受け入れさせたのだ.ブランチが精神病院へと連れ去られる結末は,弱者が社会というシステムから排除されるプロセスを冷たく写し取っている.ウィリアムズは生涯,精神を病んだ姉ローズ・ウィリアムズ(Rose Isabel Williams)に対して深い罪悪感を抱き続けた.
1943年,ローズは両親の同意のもとロボトミー手術を受け,その輝かしい個性を永遠に失った.この伝記的事実を重ねるとき,ブランチの最後の台詞「見知らぬ人のご親切にすがって生きてきました」は,全く異なる重力を帯びる.精神を崩した女の譫妄ではない.家族にすら見捨てられ,制度という「見知らぬ人」に身を委ねるしかない社会的弱者の,絶対的な孤立の宣言なのだ.妹のステラは,姉(旧時代の精神性)を見捨てることで,夫(新時代の生命力)のもとに留まり,赤ん坊(未来)を育てることを選ぶ.変化する世界において「生き残るために何を切り捨てなければならないか」という,感傷を超えた生存の論理である.しかしそれは,魂の一部を殺すほどの代償を伴うものだった.
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Title: A STREETCAR NAMED DESIRE
Author: Tennessee Williams
ISBN: 4102109064
© 1988 新潮社

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