| 欧州拠点の独立系金融シンクタンクの共同創設者で日本の金融庁や各国中央銀行のアドバイザーも務めた著者が,資本主義が生む膨大な犠牲と社会の致命的結末をあらゆるソースを用いて「キルスコア」として数値化.「消費とサステナビリティーの両立」という究極の難題に真正面から向き合い,私たちの姿勢を問う――. |
マティス・ワケナゲル(Mathis Wackernagel)とウィリアム・リース(William Rees)が1990年代に提唱したエコロジカル・フットプリントは,資源消費の総量を可視化する指標だった.本書が照準するのは,異なる次元の損失――「奪われる命」である.著者が「キルスコア」と名付けた指標は,5つのカテゴリ――気候変動・廃棄物・労働関連死・匿名消費と孤独・暴力と紛争――を通じて,人命の喪失という不可逆の結末を数値で示す.
注目すべきは,炭素排出や廃棄物汚染と並んで,社会的孤立という精神的・関係的な損傷を同列に置いた構成上の選択である.資本主義が生産する孤独や分断をも致命的結末として組み込むことで,経済活動の外部性概念を情緒的・実存的領域にまで押し広げようとする.気候リスクと金融システムの接続を長年研究してきた著者が,市場の価格機構では捕捉しえない損失の総体を可視化しようとする姿勢は,現代のサステナブル・ファイナンスが抱える限界への,内側からの批判として読むことができる.
大気汚染による健康被害,熱帯雨林の消失にともなう生物多様性の喪失,社会的孤独による死――これらは質的に異質な損害である.それを「命の数」という単一の尺度に集約することは,本来比較不可能なものを比較可能にしてしまう暴力性を内包する.この危険は,ESG投資のレーティング機関が長年直面してきた評価基準の恣意性というジレンマと,本質的に同一のものだ.キルスコアの説得力は,集約の前提に置かれた重み付けの透明性と批判的検証可能性にかかっている.
「スコアを知れば人は行動を変える」という暗黙の前提は,情報提供のみでは行動変容は起きないという行動経済学の蓄積と正面から対立する.消費とサステナビリティの両立というジレンマへの問いかけは真剣に受け止めるに値するが,可視化は介入の端緒たり得ても,それ自体は処方箋ではない.キルスコアという概念の挑発力は本物であるものの,問いの重さに見合う論述の精度には達していない.その射程を論証するためには,測定前提の明示,異質な被害を集約することへの方法論的自覚,そして数値の先にある制度的・構造的処方箋の提示が不可欠となる.その意味で本書は,未完の問題提起として位置づけるのが適切であろう.
++++++++++++++++++++++++++++++
Title: DER KILL SCORE - AUF DEN SPUREN UNSERES ÖKOLOGISCHEN UND SOZIALEN FUSSABDRUCKS
Author: Jakob Thomä
ISBN: 4863135858
© 2023 日経ナショナルジオグラフィック


![木洩れ日の家で [DVD] 木洩れ日の家で [DVD]](https://m.media-amazon.com/images/I/51xK1h8ewvL._SL500_.jpg)

