■「ショコラ」ラッセ・ハルストレム

ショコラ [Blu-ray]

 フランスの小さな町に謎めいたヴィアンヌが娘とともにやって来た.伝統と規律を守り,日々静かに生活を送るその町で母娘はチョコレート・ショップを開店する.見たこともないおいしそうなチョコレートで溢れた店,人々は自分の好みにピタリとあわせて勧められ,すっかりチョコレートの虜になる.おいしいチョコレートとヴィアンヌの不思議な魅力が,閉ざされた人々の心を解き放つ….

 美で牧歌的でありながら,きわめて古典的かつ根源的な対立――異教的感性に対する禁欲としてのキリスト教倫理の衝突――を描き出している.舞台は「むかしむかし」と語り出されるフランスの寒村.村は長年にわたり平穏だが,変化を拒む停滞に支配されていた.その空気を破るのが,北から吹き込む風とともに現れる母娘である.ヴィアンヌが開くチョコレート店は,村の価値体系を揺さぶる異物.

 チョコレートは欲望を肯定する思想であり,それが四旬節という禁欲の季節と真正面から衝突する.ヴィアンヌの菓子が人々の隠された願望を言い当てるのは,抑圧された自己理解の具現化であろう.ジュリエット・ビノシュ(Juliette Binoche)の成熟した美がヴィアンヌの女神的な存在感を補強する.彼女が異教の巫女なのか,それとも自由な精神の体現者なのかは明言されないが,復活祭と真っ向から衝突する豊穣の祝祭を企画する人物が,対立を自覚していないはずはない.

 村を支配するレノー伯爵は,秩序と道徳の管理者として振る舞うが,その実態は深い孤独と自己抑圧に縛られていた.村人たちは次々とヴィアンヌに悩みを打ち明ける.家庭内暴力に苦しむジョゼフィーヌ,老境にあって愛を告白できずにいた男性,母娘関係が断絶していたアルマンド――ラッセ・ハルストレム(Lasse Hallström)は,社会規範の内側で息苦しさを感じる人々を,過度な断罪を避けつつ描く名手である.本作でも,教会や村人たちは残酷というより,惰眠をむさぼる夢遊病者であり,チョコレートの香りによってようやく目を覚ます存在として描かれる.

 最終的にレノー伯爵すら変化を余儀なくされ,自らの言葉が暴力を誘発した事実に愕然とするのだ.ヴィアンヌ自身が未婚の母という設定により,家父長制的秩序から自由であることが暗示されている.生命力に満ちた異端が,禁欲的で偏狭な正統を打ち破る構図は,どうしても『緋文字』を思い起こさせる.本作がもし,信仰深い共同体が異教の誘惑に打ち勝つ物語であったなら,果たして同じ成功を収めただろうか.

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原題: CHOCOLAT

監督: ラッセ・ハルストレム

121分/アメリカ/2000年

© 2000 Miramax