■「ザ・ファイター」デヴィッド・O・ラッセル

ザ・ファイター コレクターズ・エディション [Blu-ray]

 異父兄弟のディッキーとミッキーは,共にプロボクサー.兄のディッキーは地域の期待を一身に背負う名ボクサーだが,その短気で怠惰な性格から破綻した毎日を送っている.一方,弟のミッキーは才能に恵まれず,世界チャンピオンなど夢のまた夢.過保護な母親アリス,そして兄のディッキーに言われるがままに試合を重ねるが,一度も勝利を収めることが出来ず,次第に家族の絆もボロボロになっていく.そんな中,薬物中毒となった兄ディッキーが,監獄送りに.人生のどん底まで落ちた兄を見て,ミッキーは彼と縁を切る決断をする….

 イルランドではゲーリック・フットボール,ハーリングといった格闘性の高い競技が長く親しまれ,身体の強靭さと耐久性が価値づけられてきた.19世紀後半から20世紀初頭にかけて,アメリカのボクシング界をアイルランド系が席巻した事実は無視できない.舞台となるマサチューセッツ州ローウェルは,かつて繊維工業で栄えたが,20世紀後半には産業空洞化により荒廃し,失業と閉塞感が街を支配していた.ミッキー・ウォード(Micky Ward)は,プロデビューから14連勝という華々しいスタートを切りながら,USBAやIBFインターコンチネンタルの挑戦で敗れ,キャリアの天井を意識せざるを得なくなる.

 オーソドックスで実直なファイトスタイルは堅実だが,突出した才能ではない.彼の最大の障害は対戦相手ではなく,家族である.兄ディッキー・エクルンド(Dicky Eklund)は,シュガー・レイ・レナード(Sugar Ray Leonard)から一度だけダウンを奪った過去を,人生の勲章として生き続けている.ちなみにこのダウンは実際にはスリップに近かった.しかし本人にとっては神話であり,その神話が彼を破滅へと導く.ディッキーはカリスマ的で,弟の才能を信じているようでいて,実際には自己陶酔と薬物依存から抜け出せない.

 トレーナーとして不適切な言動をやめず,ミッキーの成長は阻害される.そこに拍車をかけるのが母アリス・ウォード(Alice Ward)である.タフで支配的な彼女は,息子を守っているつもりで,実際には心理的に拘束し,烏合の衆に近い「きょうだい」たちと共に,ミッキーから研磨の機会を奪っていく.この閉塞を破るのが,恋人シャーリーンの存在である.芯の強さと現実感覚を併せ持つ彼女は,感情的にも実務的にもミッキーを自立へと導く.強権的な母と粗暴な兄という二重の重力圏から彼を救い出す役割を,エイミー・アダムス(Amy Lou Adams)は過剰な演技に頼らず,静かな決断の積み重ねとして体現している.その姿は美しい.

 才能の浪費は,悪意ではなく歪んだ愛情から生じる点に,家族劇の残酷さがある.破竹の連勝から一転して4連敗を喫し,生きる道を探しあぐねるミッキーは,派手さとは無縁だが,実直な男として描かれる.メジャー・タイトルに恵まれなかった事実は変えられない.しかし彼は敗残者ではない.なぜなら,打ち倒すべき相手は,リング上で拳を交える敵ではなく,外的圧力に従属することを是としてきた自己自身だからである.勝利とは関係性を選び直すことだというメッセージは,尊厳を回復する物語として,静かに,しかし力強く胸に残る.

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原題: THE FIGHTER

監督: デヴィッド・O・ラッセル

116分/アメリカ/2010年

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