Books(人文)

▼「椎の若葉」葛西善藏

酒・病・貧困に蝕まれた葛西善蔵は,自らの醜聞を切り売りしながら私小説を書き続けた.滑稽で悲惨な実生活を,朽ちかけた己と若葉の光とで対比させた,祈りにも似た自己劇化――. 破滅型私小説が到達した極北の一篇.酒と病と貧困に蝕まれながら,醜悪な実生…

▼「プルシアン・ブルー」ベンハミン・ラバトゥッツ

偶然生まれた青い顔料プルシアン・ブルーを軸に,化学者フリッツ・ハーバーの二面性……人類を飢餓から救う一方で化学兵器を開発した業を描く.妻の自死,そして彼の研究が転用されたホロコーストのガス室の壁に浮かぶ染み――. プルシアン・ブルーという色は,…

▼『ダウン症の歴史』デイヴィッド・ライト

中世,啓蒙主義の時代,そして施設隔離政策と優生学の時代をへて獲得した社会統合への道のりの中で,ダウン症・知的障害はどう認識され,位置付けられてきたのか.ダウン症のある人々の歴史を,医学的進展の面だけでなく社会的・政治的文脈から捉え直す論考―…

▼『本を読む本』M・J・アドラー,C・V・ドーレン

本書は,1940年米国で刊行されて以来,世界各国で翻訳され読みつがれてきた.読むに値する良書とは何か,読書の本来の意味とは何かを考え,知的かつ実際的な読書の技術をわかりやすく解説している.初級読書に始まり,点検読書や分析読書をへて,最終レベル…

▼『何があっても大丈夫』櫻井よしこ

帰らぬ父.ざわめく心.けれど私には強く優しい母がいた.母は前向きであることの大切さを説き,こう言い続けた.「何があっても大丈夫」.誰しも眼前に大きな壁が立ちはだかることがある.大粒の涙をこぼす日もある.しかし,どんな困難に直面しようとも自…

▼「姉妹」ジェイムズ・ジョイス

老神父の死を通じ,少年の沈黙した内面にアイルランドの精神的麻痺を刻むジョイスの初期傑作.「欠落」の輪郭こそが意味を宿す,モダニズム散文の原点――. 20世紀散文が辿るべき方向を示す,モダニズムの宣誓である.老神父の死と,それを受け止める名もな…

▼「楢山節考」深沢七郎

「お姥(んば)捨てるか裏山へ裏じゃ蟹でも這って来る」雪の楢山へ欣然と死に赴く老母おりんを,孝行息子辰平は胸のはりさける思いで背板に乗せて捨てにゆく.残酷であってもそれは貧しい部落の掟なのだ……因習に閉ざされた棄老伝説を,近代的な小説にまで昇華…

▼『ヴィーナスのえくぼ』加賀乙彦

神をうしなった現代の悲劇.エリート商社員の夫と有名私立小に通う息子とくらす奈々子.息子のいじめと無関心な夫,隣人とのやりきれない人間関係の中で幸せなはずの家庭に忍び寄る官能の嵐,そして崩壊.繁栄の時代の影を浮き彫りにする異色の長篇――. 精神…

▼『サンソン回想録』オノレ・ド・バルザック

パリの死刑執行人〈ムッシュー・ド・パリ〉を代々務めるサンソン家の4代目当主として,ルイ16世,マリー・アントワネット,ロベスピエール,サン‐ジュストら,3000人余を手にかけた男,シャルル‐アンリ・サンソン……サンソン家に代々伝わる資料と直接取材を基…

▼『密林の語り部』バルガス=リョサ

都会を捨て,アマゾンの密林の中で未開部族の「語り部」として転生する一人のユダヤ人青年……インディオの生活や信条,文明が侵すことのできない未開の人々の心の砦を描きながら,「物語る」という行為のもっとも始原的な形である語り部の姿を通して,われわ…

▼「ヘロデア」フローベール

聖書再話の形式でヘロデ王宮の権力・肉欲・宗教闘争を描く.真の主役は策謀家ヘロディアスであり,イアオカナンの首は政治的供物に過ぎない.唯物論的筆致が宗教的神秘を解体する晩年の傑作――. 晩年の短篇集『三つの物語』を締めくくる本篇は,古代オリエン…

▼『欲望という名の電車』テネシー・ウィリアムズ

「『欲望』という名の電車に乗って」ブランチが降り立ったのは,ニューオーリアンズの下町フレンチ・クォーター.南部の大農園の娘から身を持ちくずし,妹ステラのアパートに身を寄せた.傷心のまま過去の夢に生きる彼女を迎えたのはしかし,ステラの夫スタ…

▼『日本画と材料』荒井経

日本画のアイデンティティともされる「岩絵具」や「和紙」.それらの歴史は,意外なほど浅い.明治以降,日本画の材料が今あるかたちへと変化を遂げた真の理由とは? 日本画家であり,気鋭の研究者でもある著者が,日本画の祖とされる狩野芳崖の《仁王捉鬼図…

▼『数学を愛した作家たち』片野善一郎

自らの描いた数学教師「坊っちゃん」より,はるかに数学が得意だった漱石.数学が苦手で,士官学校の受験に失敗した二葉亭四迷.父親や社会の偽善を憎むがゆえに数学に没頭した,少年時代のスタンダール.英国の科学・数学偏重の風潮を,ガリヴァーに托して…

▼『ユーゴスラヴィア現代史』柴宜弘

民族,国家,宗教,言語……独自の社会主義連邦の道を歩んできたユーゴの解体から三〇年.暴力と憎悪の連鎖が引き起こしたあの紛争は,いまだ過ぎ去らぬ重い歴史として,私たちの前に立ちはだかっている.内戦終結から現在にいたる各国の動向や,新たな秩序構…

▼「アッタレーア・プリンケプス」ガルシン

自由を渇望するヤシの木アッタレーア・プリンケプスが温室のガラスを突き破るが,待つのは凍死のみ.精神的苦悩が刻まれた専制と殉道の政治的暗喩,理想達成と幻想崩壊が一致する近代的ニヒリズム――. 植物の擬人化という表層を剥げば,自由への渇望とその代…

▼『幻の漂泊民・サンカ』沖浦和光

一所不住,一畝不耕.山野河川で天幕暮し.竹細工や川魚漁を生業とし,'60年代に列島から姿を消した自由の民・サンカ.「定住・所有」の枠を軽々と超えた彼らは,原日本人の末裔なのか.中世から続く漂泊民なのか.従来の虚構を解体し,聖と賎,浄と穢から「…

▼『絵のない絵本』アンデルセン

ひとりぼっちで町に出てきている貧しい絵かきの若者をなぐさめに,月は毎晩やってきて,自分が空の上から見た,いろいろな国のいろいろな人に起ったできごとを,あれこれと話してくれた.それは,清らかな月の光にも似た,淡く美しい物語のかずかずであった…

▼『日本を決定した百年』吉田茂

『日本を決定した百年』は,簡にして要を得た記述にて明治建国から戦後復興までの日本の近代化を跡づけた異色の歴史書である.すぐれた歴史感覚をもち勤勉に働く国民を描きながら,吉田は「日本人は甘やかされてはならない」と述べることを忘れていない.吉…

▼「メッツェンガーシュタイン」エドガー・アラン・ポー

ハンガリー貴族の男爵メッツェンガーシュタインは,宿敵ベルリフィッツィング家の馬に憑依した亡き当主の霊に支配され,やがて炎上する城の中へ馬とともに消えていく……呪いと破滅の怪奇譚――. 著名な傑作群の陰に置かれがちな小作品である.しかし,恐怖の源…

▼『豆腐の文化史』原田信男

昔から広く日本人に愛され,今では健康食として世界を席巻しつつある豆腐.それはいつ,どこで誕生し,日本でどう受容されてきたのか.料理法や派生食品も含めて考察,さらに風土に根ざした様々な豆腐を日本各地にたずね,不思議な白い食べ物の魅力をトータ…

▼『絵本戦争』堂本かおる

黒人,LGBTQ,女性,障害,ラティーノ/ヒスパニック,アジア系,イスラム教徒,アメリカ先住民……8つのトピックにわけて,禁書運動の犠牲となった数々の絵本のひとつひとつを見ていくことで,マイノリティの苦難の歴史と,その中で力強く生きる姿,そして日…

▼『陰翳礼讃』谷崎潤一郎

人はあの冷たく滑らかなものを口中にふくむ時,あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって舌の先で融けるのを感じ,ほんとうはそう旨くない羊羹でも,味に異様な深みが添わるように思う.(本文より)……西洋との本質的な相違に眼を配り,かげや隈の内に日本的…

▼『力なき者たちの力』ヴァーツラフ・ハヴェル

すべてはロックミュージシャンの逮捕から始まった……かれらの問題は自分たちの問題だと共鳴した劇作家は,全体主義の権力のあり様を分析し,「真実の生」,「もう一つの文化」の意義を説く.このエッセイは,冷戦体制下の東欧で地下出版の形で広く読まれただ…

▼『偉大なる王』ニコライ・A・バイコフ

誇り高い一頭のシベリア虎の物語.額に王,首すじに大の字の模様をもつ,生まれながらの森林の大王「王」.タラノキやブドウの生い茂るヤブの中で生まれ落ちてから,威厳と力と英知を備えた王者になるまでの一生を,克明に描く長篇.狩を覚えながらの日々の…

▼『結核の文化史』福田眞人

明治維新以降1千万人以上の犠牲者を出すという苛酷な現実の一方で,『不如歸』に代表される小説等に描かれ,「上流」「天才」「美人」といった甘美なイメージを喚起した結核という独特な病の,近代日本における文化的位相を,史資料の博捜によって描き出した…

▼「刑務所のリタ・ヘイワース」スティーヴン・キング

無実の罪で投獄された男が,刑務所の「制度化」という絶望に対し,時間と忍耐を武器に論理的に抗う.彼の不屈の脱獄は,希望を恐れていた親友レッドの呪縛を解き放ち,真の「生」へと導く――. 絶望的な不条理を論理的に解体することに成功した男の物語である…

▼「ブライトンの怪物」ジェラルド・カーシュ

1745年の英国に現れた謎の「怪物」の正体は,原爆で時空を飛ばされた全身刺青の日本人力士だった.未知への無理解が生む差別と核兵器の悲劇を,擬似記録形式で描く――. 不可解な海獣譚と思わせ,深層において「他者への無理解」「核兵器の悲劇」を結合させた…

▼「鰭紙」吉村昭

天明の飢饉下の凄惨な記録に,無名の女のその後を書き添えた鰭紙.大庄屋・後世の誰か・作者という三重の視線が,歴史に沈もうとした一個の生を静かに浮上させる――. 天明の飢饉(一七八二〜一七八八年)下の南部領.老人や幼児の間引き,餓死した老婆と老父…

▼「異域の人」井上靖

後漢の班超は,筆を折り武将を志し,洛陽から1万里の西域へ赴く.30年の苛烈な辺境生活は彼を中華の理から切り離し,皮膚も眼も現地の胡人へと変えた.砂漠と一体化した魂の実存的な孤独を描く――. 一個の人間が「異郷」という絶対的な他者と対峙し,やがて…