| 「植物状態」と診断された患者にじつは十全な知覚や認識能力があるとしたら,それをどうすれば証明できるだろう? 本書の著者はfMRIなどの脳スキャン技術を用いた実践的なマインドリーディングの手法を開発した.そこで明らかになったのは,「意識がない」はずの患者たちの中に,問いかけにYes/Noで答えるなどの紛れもない認知活動をやってのける人々が少なからずいるという事実だ.意識があるかないかの二分法では捉えきれない「グレイ・ゾーン」を探究する,緊迫の研究報告――. |
植物状態という医学的ラベルが,いかに粗雑な網で人間の意識をすくい取ってきたかを,実証研究によって突き崩す.本書で紹介されるfMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いたマインドリーディング手法は,患者に「テニスをしている場面を想像してください」「家の中を歩き回る様子を想像してください」と指示すると,それぞれ異なる脳領域が活性化する.
差異をYes/Noの符号として利用することで,外界への反応を完全に失ったと診断された患者が,実は質問に応答していたことが明らかになったという.新たに検出されたのは,従来見落とされていた「既に存在していた意識」.意識の「ある/ない」二値論とは,検出方法の限界を誤認してきたということかもしれない.意識とは,自身の活動を隠蔽することも,偽ることもできない生理的事実であると同時に,そうした隠蔽や偽造の主体であり得る矛盾した存在なのである.「意識はあるが,出力装置が壊れているコンピュータ」という比喩は,乖離こそ,意識という現象が本来的に有しているギャップを明らかにしている.
意識と行動の間には,われわれが通常想定するような必然的な結合は存在しない.だが本書が真に読者を不安にさせるのは,ここからである.患者がYes/Noで応答できると判明したとき,「あなたは生き続けたいか」「死にたいか」と問うことは許されるのだろうか.著者は明確な答えを提示しない.意識が検出可能になった瞬間,それは新たな倫理的責任の対象となる.
患者が「生きるか死ぬか」を選択可能な意識を持つと判明することは,医療システムがそうした選択に対してどのような責任を負うべきかという問題を生成するが,この問題は,科学によって解決されない.むしろ科学が進むほど,その問題は深刻化するだろう.人間を人間たらしめるのは,意識があることだけではなく,その意識が他者によって認識される事実が不可分ではないだろうか.科学は意識の存在を証明しうるが,その証明がもたらす意味と責任を引き受けることは,科学の範囲を超えた生命倫理となるはずだ.
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Title: INTO THE GRAY ZONE
Author: Adrian Owen
ISBN: 4622087359
© 2018 みすず書房
