| 「インディオの使徒」とか「アメリカの父」と称えられる一方,「偏執狂」とか「売国奴」と罵られてきた一六世紀のスペイン人宣教師ラス=カサス.世界史上,ラス=カサスほど,その作品がいく久しく欧米の列強諸国に政治的に利用されて,正反対の極端な評価を受けてきた人物も稀有である.波乱に富んだ彼の人生と数多くの著作は,国境なき社会の到来に直面して,異なる言語や文化を担う人々との平和共存のあり方を模索する現在,数多くのことを教示してくれる――. |
アメリカ大陸発見を機に始まった新世界の征服事業は,半世紀を経た頃にはすでに大量虐殺と収奪の体系として制度化されていた.キューバで布教活動に従事したドミニコ会士ラス・カサス(Bartolomé de Las Casas)は,その惨状を目の当たりにし,のちに告発者へと転じることになる.記した『インディアスの破壊についての簡潔な報告』は,神の名のもとに行われた暴力と偽善への倫理的断罪である.スペインによる征服行為には,二つの主たる解釈が併存している.一つは,武力による領土と財宝の獲得を目的とした軍事的・経済的企てとしての側面,もう一つは,先住民のキリスト教への改宗――すなわち「文明化」――を目的とする宗教的・文化的使命としての側面である.征服者たちは「文明化」をしばしば口実としたが,実態は虐殺と征服によって貫かれていた.カサス自身が記すように,新大陸の開発は,先住民の生命と文化を代償とする暴力的収奪の連続であった.
エスパニョーラ島には征服前,約300万のインディオが暮らしていたが,17世紀中には絶滅に至った.カリブ海全域では,1,300万人ともされる先住民がいたが,18世紀にはその姿を完全に消した.スペイン軍が持ち込んだ鉄器と銃火器に,裸に近い姿で竹槍しか持たぬ先住民が抗えるはずもなく,虐殺は時に屠殺以上の残虐さを帯びた.カサスはこうした現実を「人類を破滅に導く者たち」として,同胞のキリスト教徒に対して峻烈な非難を加えている.カサス自身もはじめは征服事業の共犯者だった.若き日にイスパニョーラ島へ渡り,従軍司祭としてキューバ征服に同行し,報酬としてエンコミエンダ――先住民に対する統治・使役権――まで授けられていた.つまり,征服の体制の内側にいた人物なのである.だが1514年,インディオの虐殺と苦役に心を痛めたカサスは突如として回心し,全ての権益を放棄,以後はインディオ擁護のために生涯を捧げる運命を選んだ.
カサスはカルロス5世(Karl V)に提出した報告書で,新大陸における暴虐の実態を訴えた.その結果,1542年には「インディアス新法」が制定され,エンコミエンダ制度の廃止が一部では進んだ.しかし皮肉なことに,告発文書はスペイン覇権に敵対する国々――イングランド,オランダ,プロテスタント諸国――によって,黒い伝説(La leyenda negra)として利用された.すなわち,カサスの義憤はスペインの残虐性を喧伝するプロパガンダ材料へと転用され,カトリック国家スペインの道徳的失墜を狙う諸国の政治的武器となったのである.16世紀ヨーロッパにおける宗教的良心の希有な発露として記憶されるべき報告は,正義のためであったが,結果としてスペインの恥部を世界へさらすことにもなった.当時の西欧社会にもカサスのようなユマニスト的精神をもつ者は確かに存在していたが,その声はあまりに微弱であった.
カサスは理想の植民地建設を試みるべく,ベネズエラのマンサレス川河口に南米最古のスペイン都市ヌエバ・コルドバを建設したが,現実の搾取と暴力の構造の中でその夢は瓦解する.カサスはスペイン議会での討論の中で,征服を正当化する有名な神学者フアン・ヒネス・デ・セプルベダ(Juan Ginés de Sepúlveda)と公開論争――いわゆる「バリャドリッド論争」――を行っている.この論争は,ヨーロッパにおける「人間とは何か」「文明とは何か」をめぐる初期の人権的な問いかけであった.セプルベダは,インディオを「理性なき獣」に準じる存在として奴隷化を正当化したが,カサスはそれに対して,感受性と宗教的理解力を有する完全な人間であると擁護した.結果的に,カサスの意見が全面的に勝利したわけではない.しかし,その言葉と行動は,近代的人権思想の胎動として,またヨーロッパ的良心の先駆的な表現として記憶されるべきである.新世界の発見は,同時にヨーロッパの罪と倫理の鏡でもあったのである.
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原題: ラス=カサス
著者: 染田秀藤
ISBN: 4389411438
© 1997 清水書院
