| 繁栄を極めたローマ帝国はなぜ滅びたのか?産業革命がイングランドからはじまった理由とは?共産主義が行き詰まりソ連が崩壊したのはなぜか?韓国と北朝鮮の命運はいつから分かれたのか?近年各国で頻発する民衆デモの背景にあるものとは?なぜ世界には豊かな国と貧しい国が生まれるのか‥‥ノーベル経済学賞にもっとも近いと目される経済学者がこの人類史上最大の謎に挑み,大論争を巻き起こした新しい国家論――. |
国家の命運を左右する制度の本質について論じ,国家が繁栄するか衰退するかの鍵は「包括的な制度」または「収奪的な制度」にあるという理論を展開している.著者らは,気候,地理,文化よりも,制度の有り様こそが国家の運命を決定すると主張し,多くの歴史的事例をもとにこの主張を裏付ける.包括的な制度とは,経済的自由と法の支配,私有財産の保護を基盤に持ち,広く社会全体が恩恵を受けられるような制度である.これに対し,収奪的な制度は権力者やエリート層が利益を独占し,一般市民の経済的自由を抑圧することで,社会全体の成長を阻害する制度を指す.包括的な制度の下では,イノベーションや投資が促進され,長期的な成長が可能になるが,収奪的な制度では,権力者の利権保護が優先され,経済は停滞しやすい.ローマ帝国や中国の封建制度のように,特権階級が権力を独占する収奪的制度が,長期的な国家の衰退を招くことを歴史は示している.本書が具体例として挙げるローマ帝国は,共和制を採用して包括的な制度の下で成長したが,帝政に移行する過程で収奪的な制度へと変質した.
元老院や皇帝による権力の集中は,市民の自由を抑圧し,経済の停滞を招く結果となった変遷は,収奪的な制度がいかにして長期的には国家を弱体化させるかを示す代表例といえるだろう.また,共和制の時代に存在した"Pax Romana"(ローマの平和)は,法と秩序を背景にして繁栄したが,この安定が帝政の収奪的制度によって損なわれたことは,歴史的にも大きな教訓を残す.近代においては,17世紀のイギリス名誉革命が包括的制度の成功例としてしばしば引用される.絶対君主制から議会制へと移行したイギリスでは,法の支配が確立され,経済的自由が保障されたことで産業革命の礎が築かれた.当時のイギリスは特許制度を発展させ,発明家や企業家が知的財産を保護され,リスクを取って革新を起こしやすい環境が整備された.つまり,ジェームズ・ワット(James Watt)が蒸気機関の発明により産業革命を先導できた背景には,特許制度によって模倣から守られ,成果を独占できる環境があったのである.名誉革命の成功は,包括的な制度が長期的な成長をもたらす実例となった一方で,現代の中国も収奪的制度の一例と見ることができる.
中国は,国家が強力に経済を管理する計画経済のもとで急速な成長を遂げたが,その持続可能性には限界があった.中央集権的な体制は,短期的には効率的であるものの,長期的にはヨーゼフ・シュンペーター(Joseph Alois Schumpeter)が唱えた「創造的破壊」が阻害され,新しい価値の創出が難しくなるため,経済は停滞するリスクを抱える.社会主義諸国の歴史が示すように,収奪的な制度は成長の限界に突き当たりやすく,政治的な抑圧や経済の不平等が拡大することで,内部からの不安定要因となり得るのである.古くは,アステカ帝国では,征服した諸部族からの貢物を主な経済基盤とした収奪的制度であった.この制度は一時的な繁栄をもたらしたが,最終的には征服地の反感を買い,スペイン人の侵略時に彼らがアステカに反旗を翻す要因となった.収奪的制度は一時的な安定をもたらすことがあるものの,外部からの侵入や内部の対立には脆弱であり,最終的に国家の衰退を招くことが多い.アメリカの南北戦争も収奪的制度の限界を示している.南部では奴隷制が収奪的制度として機能し,少数のエリート層が富を独占していたが,奴隷労働は社会全体の成長にはつながらず,経済的・社会的な停滞を引き起こした.
自由労働と産業化が進展した北部は,包括的な制度に基づき,持続可能な経済成長を達成していた.南北戦争の結果,奴隷制は廃止され,包括的制度が国全体に広がったことで,アメリカはより大きな経済成長と発展を遂げることができた.本書は,包括的制度と収奪的制度の対立が国家の成長と衰退を決定するという理論を,多くの歴史的事例をもとに検討している.著者らは,マックス・ヴェーバー(Max Weber)やジャレド・ダイアモンド(Jared Mason Diamond)の先行学説を批判的に再検討し,文化や地理的条件よりも制度の役割が国家の成長において決定的であると主張する.本書の結論的な主張は,国家の命運は制度次第で変えられるという希望である.包括的制度を確立し,民主的で多元的な政治システムが整備されれば,社会は持続的な成長と安定を達成できる.しかし,既得権益層が制度改革に反対する場合,その変革は困難を伴う.歴史が示すように,制度改革には強い政治的リーダーシップと社会的な支持が必要であり,変革を実現するためには,長期的な視野と忍耐力が欠かせない.国家の命運は制度によって決まるというこの考えは,個人から国家レベルに至るまで,未来の成長と安定を見据えた重要な教訓となるだろうか.
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Title: WHY NATIONS FAIL - THE ORIGINS OF POWER, PROSPERITY AND POVERTY
Author: Daron Acemoglu, James A. Robinson
ISBN: 9784150504649, 9784150504656
© 2016 早川書房

