| 美輪明宏が33歳で著した初の自伝.戦前長崎の異国情緒,原爆体験,男性への恋愛,差別により放送規制された「ヨイトマケの唄」などを抑制された筆致で綴る.三島由紀夫は序文で「奇書」と評した――. |
紫という色は,日本において冠位十二階以来,皇族・高位貴族のみに許された禁色であり,その美しさが権威の徴であった.西洋の色彩論では赤(情熱・肉欲)と青(霊性・天空)の混合として,対立する二つの力が臨界点で融合した色と位置づけられる.美輪明宏(本名・丸山明宏)が1968年に著した初の自伝に「紫」という語を冠したとき,禁じられたものの美しさ,聖と俗の溶け合う地点に立つ者を証言した.33歳の著者が記した半生記は,異国情緒漂う戦前長崎の風景から始まる.中国や西洋の色彩が港町に混じり合っていた長崎という空間が,著者の感性を育んだ土壌だった.
三島由紀夫は,本書の初版に寄せた序文で「昭和有数の奇書として推す」と評した.「奇書」という言葉が褒め言葉となるのは,本書がいかなるジャンルの棚にも収まりきらないからだ.自伝でありながら途中で突然詩に変貌し,時間軸は前後しながら記憶の引力に従って再配列される.マルセル・プルースト(Marcel Proust)の非線形的時間感覚を思わせる構成であり,のちに美輪自身がジャン・コクトー(Jean Cocteau)原作の『双頭の鷲』に主演したことを思えば,詩的自伝の系譜との親縁性を見ることもできる.三島とは1950年代,美輪が十代の頃から銀巴里を介して旧知の間柄であり,複数の三島戯曲に美輪は主演を重ねた.
1968年,三島原作の「黒蜥蜴」に美輪が主演したのは,その積み重ねられた芸術的協働のひとつの結実であった.三島は1970年の自決によって,この長い交友に突然の終止符を打つことになる.本書のもう一つの軸は,正面からの恋愛告白である.中学生の頃からはじまる男性への恋愛感情,それに引き寄せられてきた男たちの肖像が,当時の日本の公衆道徳とは無関係に,恋の記録として綴られる.実母と継母を相次いで亡くした少年期,上京後のホームレス同然の貧窮生活,そして1964年に自作し,翌年のテレビ出演を機に大きな反響を呼んだ「ヨイトマケの唄」.
歌は土工の母を讃える内容だが,歌詞中の「土方」という語が差別的とされ,民放各局の自主規制(要注意歌謡曲指定)によって長年事実上の放送禁止状態に置かれた.2012年のNHK紅白歌合戦で77歳の美輪がふたたび歌い上げ,視聴者を圧倒した.「書き控えて」書かれた自伝は,波乱万丈のはずの生涯を,過度に盛ることなく,むしろ感情を削ぎ落とすように綴ったことで,奇妙な品位が宿った.禁じられた恋を生き,禁じられた歌を歌い続けた人間が,33歳という若さで自分の軌跡を冷静に見渡す.三島が「奇書」と呼んだものは,実のところ社会のほうが長く「奇」であり続けてきた反証であった.
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原題: 紫の履歴書
著者: 美輪明宏
ISBN: 4943843646
© 1992 河出興産
