▼『人権宣言集』高木八尺,末延三次,宮沢俊義〔編〕

人権宣言集 (岩波文庫 白 1-1)

 人間の自由と権利を保障するための法律は,イギリスのマグナ・カルタを始祖とするが,今日では各国の成文憲法中に必ず人権宣言が含まれている.本書は歴史上ならびに現在の代表的人権宣言四十四種にそれぞれ専門家による解説を付し,さらに巻頭の編者による概説とあわせて人権宣言の系譜と現状とを明らかにする――.

 4の人権宣言を俯瞰すると,人権が発明され伝播していく様相が解る.フランス人権宣言(1789年)の起草者ラ=ファイエット(Marie Joseph Paul Yves Roch Gilbert Motier La Fayette)は,トーマス・ジェファーソン(Thomas Jefferson)との往来書簡で自由と人権の理論的基礎について深く論じた.つまり本書は,米国の経験主義的自由論がフランスの理性主義的自由論へと変換され,再び世界へ拡散していく思想の往還を記録しているのである.

 本書の真の価値は,編者たちによる訳の確実性にある.明治初期,"Rights"を日本語に訳す際,福澤諭吉をはじめ知識人たちは「権利」という造語に権力と利益の混在するニュアンスを感じ,その正当性に疑いを抱いていた.本書に並ぶ和訳群は,こうした外来概念の日本化という格闘の成果である."Rights","Liberty","Freedom"といった英米法源の微妙な区別が,編者によって初めて日本語読者に開かれる.

 初版の1957年は,日本国憲法施行から10年,世界人権宣言から9年というタイミングであった.過去の人権の闘争史を提示することで,当時の日本社会に人権は人類が幾世紀にもわたって,権力と対抗するなかで勝ち取ったものという自覚を促した.編者の宮沢俊義が「八月革命説」で主張した法理的革命という視座を踏まえるなら,本書は戦後日本の新しい法体制を知識的に支えるための論理的な防衛線として企画されたといえるだろうか.

 本書を繙くことは,現代においてもしばしば揺らぐ個人の尊厳の根拠を,人類史上最も洗練された論理で再確認する作業となる.マグナ・カルタから世界人権宣言に至る44の断片は,権力という洪水を防ぐための連鎖.それゆえ本書は,法学徒のみならず自由を信じるすべての市民が,不確実な未来を歩むための羅針盤として手許に置くべき一冊といえるだろう.

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原題: 人権宣言集

著者: 高木八尺,末延三次,宮沢俊義〔編〕

ISBN: 4003400119

© 1957 岩波書店