| 感動する心を思い出させてくれた,独りぽっちの傷ついた天使.ある冬の夜.パーシーは,たった1人で田舎町のバス停に降り立った――古ぼけたレストラン“スピットファイヤー・グリル”で働きはじめたパーシー.住民たちは遠慮のない好奇の目を向ける.いつしか美しい森にも目を向けなくなった町の人々.しかし,最も傷ついていたのは,誰にも言えない過去を抱えていたパーシーだったのだ…. |
閉鎖的なコミュニティが抱える沈黙の病,それを外部から来た「汚れ」を持つ女性が浄化していく過程の物語である.メイン州の架空の町ギリアドは,旧約聖書における癒やしの乳香(Gilead's Balm)の産地を想起させるかもしれない.預言者エレミヤが衰退に苦しむイスラエルに対して「ギリアドに乳香はないのか.そこに医者はいないのか(エレミヤ書 8:22)」と問いかけた.さらにアフリカ系アメリカ人の霊歌《There is a Balm in Gilead》では,乳香は魂の傷を癒やす聖者の救いの力に喩えられている.しかし,映画の冒頭におけるギリアドは,その名が約束する「乳香」を失い,過去の栄光に取り残され,衰退と相互監視に蝕まれた場所.
ギリアドに医者はおらず,癒しもない.あるのは,閉ざされた心と消えかけた希望だけである.謎めいた女性パーシーが持っていたのは,古い旅行雑誌の切り抜き一枚.彼女は美しい自然にではなく,自分を知る者が誰もいない断絶を求めたのだ.アリソン・エリオット(Alison Elliott)の抑制された演技は,野生動物のような警戒心,内側に秘めた深い渇望を同居させている.癒やしを求めやって来た彼女こそが,ギリアドに失われていた「乳香」となる.本作の中核を成すのは,パーシー,グリルの店主ハンナ,気弱な主婦シェルビーという,世代も背景も異なる3人の変容である.ハンナは,息子を戦争で亡くした喪失を,厳格さと頑固さという鎧で守っている.彼女にとってのスピットファイア・グリルは,もはや過去を閉じ込めるための檻であった.
当時まだブレイク前だったマーシャ・ゲイ・ハーデン(Marcia Gay Harden)演じるシェルビーは,家父長制の象徴である夫ケインに支配されている.彼女がパーシーと接することで,自らの言葉を取り戻していく過程は,本作の感動的なサブプロットのひとつである.3人が,グリルの譲渡を巡る「エッセイ・コンテスト」という奇妙な企画を通じて結託する.全米から「希望」「再出発」の物語を募るというメタ装置となっており,閉ざされていたギリアドの空気を入れ替える.意外なことに,製作費を支援したのはカトリック系の団体セイクレッド・ハート・リーグ.しかし,説教臭い宗教色は控えられ,魂の救済という精神性を追求した結果,1996年のサンダンスで最も世俗的な観客たちの涙を誘った.
撮影は,メイン州の秋から冬への移ろいを,アンドリュー・ワイエス(Andrew Wyeth)の絵画のような静謐さで捉え,森の中の「秘密の男」との交流シーンは,言葉を介さないコミュニケーションが持つ純粋な力を示している.パーシーの過去が暴かれ,町の人々の悪意が露わになる終盤,物語は避けられない悲劇へと向かう.しかし,その結末は絶望ではない.彼女が流した「水」は,ギリアドの呪いを解き,ハンナに再生を,シェルビーに自立を,そして町に新しい朝をもたらす.エレミヤが問うた「ギリアドに乳香はないのか」への答えは,ここにある.癒やしは,傷ついた者同士が差し出す手の中に,既に存在していたのだ.
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原題: THE SPITFIRE GRILL
監督: リー・デヴィッド・ズロトフ
116分/アメリカ/1996年
© 1996 Warner Bros. Entertainment Inc.
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