| 歩道の雑踏をすり抜けながら,殺人課のジョン・ホブス刑事は,殺人犯を追跡している.いたぞ,あの小柄な中年の女性だ.いや待て,殺人鬼はその横の気弱そうな男だ.と思ったら,もう別の誰かだ.そいつは誰でもあり誰でもない.なぜならホブスが追う犯人とは人間ではなく,コートの袖や手が触れることで人から人へ乗り移っていく,悪霊だからだ.不死身同然の魔物にホブスが迫る…. |
ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)の名曲《タイム・イズ・オン・マイ・サイド》《悪魔を憐れむ歌》を題材として取り入れたオカルト要素を含むスリラーである.フィラデルフィア警察のジョン・ホブス刑事が逮捕した連続殺人犯エドガー・リースが死刑に処される.しかし,処刑後もリースと同様の手口で殺人が続き,ホブスはその犯人として疑われる.調査を進めるうちに,ホブスは殺人事件の背後に超自然的な存在"アザゼル"がいることを突き止める.アザゼルは憑依能力を駆使して人から人へと乗り移りながら殺人を繰り返す悪魔であり,ホブスはこの見えざる敵との熾烈な戦いに挑む.撮影監督ニュートン・トーマス・サイジェル(Newton Thomas Sigel)は,視覚的表現に特別な技法を用いた.アザゼルの視点を映し出す際には,特殊フィルム(エクタクローム)で独特の発色と質感を表現している.
特殊フィルムは当時,スチール写真やファッション写真で広く用いられていたが,本作では400フィートに及ぶ撮影を敢行し,悪魔の異質感を視覚的に伝える効果を上げている.ジョン・ホブスというキャラクター名は,17世紀の哲学者トマス・ホッブズ(Thomas Hobbes)とジョン・ロック(John Locke)に由来している.ホッブズが提示した「人間は本質的に邪悪であり,社会による制約が必要」という思想と,ロックが提唱した「人間は理性的で平和的に共存できる」という思想が対比され,ストーリーに反映されている.また,アザゼルはヘブライ語でスケープゴート――贖罪の山羊――を意味し,レビ記16章に登場する悪魔的存在として知られる.贖罪の日の儀式では,山羊に罪を背負わせ荒野に放ったという.
アザゼルの行動は,現代の責任の回避や罪の連鎖を暗喩している.《タイム・イズ・オン・マイ・サイド》は,映画の核心を担う.この曲の歌詞は,アザゼルが時間を超越した存在であること,人間にとっての時間の有限性を暗示している.また,街中で無作為に憑依が移る場面に同曲が流れることで,悪意の遍在性が指摘されている.この演出は,都市という現代的な空間を舞台にした不安感を巧みに増幅させるものだ.連続殺人犯を演じたエリアス・コーティーズ(Elias Koteas)はセリフの正確さを追求するため,シリア・アラム語を話す人物を訪ねた.しかし,宗教的な理由で冒涜的なセリフを話すことができないという問題が生じ,プロデューサーは代わりのアラム語話者を探す必要があった.このような問題は,映画製作における文化的・宗教的配慮の必要性を浮き彫りにしている.
初日の撮影予定は暴風雨により大幅に遅れた.これにより製作スケジュールが狂い,現場では厳しい調整が求められたという.本作は,ホラーとスリラーを融合させ,哲学的な問いかけを含む面白い作品であるが,物語構造やキャラクター描写には難点がある.ホブス刑事役のデンゼル・ワシントン(Denzel Washington)の演技は堅実だが,キャラクターの弱さや絶望感が十分に描かれていない.ホブスのモノローグは物語を説明しすぎる傾向があり,視覚的な工夫を邪魔している.ジョン・グッドマン(John Goodman)やドナルド・サザーランド(Donald Sutherland)が演じるキャラクターもプロットを進めるための存在に留まっている.それでもなお,憑依という視覚表現における実験的なアプローチで都市社会の暗部を描いた寓話として,見るべき価値があるだろう.
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原題: FALLEN
監督: グレゴリー・ホブリット
125分/アメリカ/1998年
© 1998 Turner Pictures (I)
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