■「ゴーン・ガール」デヴィッド・フィンチャー

ゴーン・ガール [Blu-ray]

 結婚5周年を迎え幸せな結婚生活を送っていたニックは,妻エイミーの姿が忽然と消えたことに気付く.自宅には争ったような跡と大量の血痕が残されており,警察は他殺と失踪の両面で捜査を開始.やがてニック自身にも疑惑の目が向けられると,事件はマスコミの注目を集めてゆく.私生活を暴かれ,無責任な世論やSNSで拡散する噂に追い詰められたニックは,弁護士を雇って対応を図るが….

 作のキャッチコピー「本当に大切なものはいつも失って初めてわかる」はナイーブ過ぎる.愚鈍なだけの夫に,妻の本性は永遠に解らず,妻も実はその理解を求めてはいない.『詩経』「凱風」詩の序には,「七人の子は生(な)すとも女に心許すな」とある.デヴィッド・フィンチャー(David Fincher)は,その観点から本作を読み解こうとする鑑賞者に寛容だが,それは彼が得意とする"舗装されたミスリーディング"への誘導.夫婦のディスコミュニケーション,夫の不義に対する妻の怒りと復讐,空虚な結婚生活への引導――すべて,計画的に身を隠したエイミーを「枠」にはめた理解であり,同情となる.

 良妻にみえた妻が異常であるなら,そのパラノイア的性質がどこから植え付けられたか.失踪初日に専用ダイヤルを引いた捜査本部を設置し,専用ウェブサイトを開設,ボランティアを組織して情報提供を募る.常軌を逸した行動力を見せたのは,エイミーの夫ではなく,愛娘の身を案じる実母だった.児童文学者であるこの母は,ベストセラー『アメージング・エイミー』の作者で,絵本の主人公エイミーはチェロの天才,バレーボールの代表にも選出されるなどマルチな才媛として描かれる.創作物のエイミーは,現実世界のエイミーに常に先んじる「お手本」であり,絶対的な模範.呪縛に苦しみ,「よい子」を求める母とそれを演じる自分を憎悪していた娘の心に巣食う闇を,母は気づかない.

 成長後のエイミーが手ごろな独身男ニックを誘惑し,結婚生活が危機に瀕するまでの5年間,その後の狂言.それらは,彼女の根底にある「母への怒り」がもたらす副産物に過ぎなかった.自分が失踪して身悶えするのは,夫ではなく母であることを,エイミーは誰よりも理解し,実践した.本作での"GONE"とは,失踪そのものを意味していない.母に食い物にされた自己イメージの再構築の途上としての「消失」である.夫の浮気を逆手に取り,手の込んだ復讐を遂げるとともに,自分が「母になる」.その本懐を果たすことは,偉大であり続けたエイミー(アメージング・エイミー)を,手づから超越することである.

 母が娘エイミーを「製作」したように――そのための「作品」が,彼女には真に必要であることをある時点で悟ったのだ.「搾取し,搾取される,それが結婚よ」.高らかに宣言する妻に呆然として従う夫ニックには,ベン・アフレック(Ben Affleck).エイミー役には,リース・ウィザースプーン(Reese Witherspoon)本人が熱望したが,フィンチャーに説得されウィザースプーンは製作側に回ることになった.シャーリーズ・セロン(Charlize Theron)やナタリー・ポートマン(Natalie Portman)も興味を示したというが,多面的な印象を人に与えるエイミー役に適任だとフィンチャーに確信させたのは,無機質な美しさを誇るロザムンド・パイク(Rosamund Pike)である.

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原題: GONE GIRL

監督: デヴィッド・フィンチャー

149分/アメリカ/2014年

© 2014 Twentieth Century Fox