▼『水の戦争』橋本淳司

水の戦争 (文春新書)

 AIデータセンター,半導体工場……日本各地でも急増するこれらの施設で膨大な水が消費されている.水資源の支配者が国家から企業へ移ることで生まれる,新たな不均衡や地政学的緊張――新しい「水の戦争」が始まっているのだ.私たちの生活と無関係ではないその現状をリポート――.

 Iサーバーの冷却に莫大な水が注ぎ込まれ,半導体製造の超純水需要は一工場あたり日に数万トンに達する.地下水の枯渇,河川の干上がり,生態系の崩壊――テクノロジー企業の膨張は,目に見えない形で地球上の水を支配していく.石油時代の企業体と変わらぬ権力構造である.2020年,CMEグループとNASDAQが水資源先物取引の開始を宣言した.

 基準となるNasdaq Veles California Water Index(NWCW)はカリフォルニア州の5大水市場の週次スポット価格を指標とし,1契約は10エーカー・フィート(約12,335立方メートル),市場規模は年間10億ドル.数字だけを見れば産業の合理化に見える.石油は代替エネルギーが存在し,穀物も他の食糧資源がある.しかし,生存に直結する水は代替できない.金融商品化は気候変動への適応策として正当化される.現実には,限定的な水資源を金銭によって配分する仕組みへの転換でしかない.

 紛争の背景に気候危機があり,危機の解決策として金融市場が提示される.食料やものづくり製品の輸入を通じて,日本は毎年莫大な仮想水を消費し,外国の水資源を,無自覚のうちに吸収し続けているのだ.さらに外資は日本の水源地周辺の土地を買い漁り,自治体はAIデータセンター誘致の名の下に地下水を提供し,水道事業の民営化によって水の管理権を手放しつつある.

 本書の中盤以降,味気ない文体に異質な浮遊感が生じる.「誰が未来を設計するのかという問い」「声の可視性」「沈黙を制度化する構造」――高度に抽象化されたフレーズは,生成AIが学習した文体――AIが生産するもっともらしい「無内容表現」――典型パターンである.水が国家管理から市場支配へ移行する過程の論考を締括るべき言葉が,逆に思考を停止させている.

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原題: 水の戦争

著者: 橋本淳司

ISBN: 4166615106

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