■「マン・オン・ザ・ムーン」ミロス・フォアマン

マン・オン・ザ・ムーン [Blu-ray]

 アンディ・カフマンは一風変わったコメディアン.カーネギー・ホールの舞台が生涯の夢で,観客に何度ブーイングされても情熱的にパフォーマンスを行っていた.それが大物プロモーターの目に留まり「サタデー・ナイト・ライブ」や人気番組「Taxi」への出演でスーパースターに!けれども自分の笑いを追求して突っ走る彼を理解し続けたのは恋人のリン一人だけ.やがて彼の体は病魔に蝕まれていく….

 000年までに人類は月へ到達するだろう――1940年代のアーサー・C・クラーク(Arthur Charles Clarke)予言は,多くの科学者の失笑を買ったが,1969年7月20日のアポロ11号によって現実のものとなった.信じがたい虚構が真実へと転化する瞬間は,人を「狐につままれた」感覚に陥れる.まさにこの倒錯したリアリティを生き抜いた芸人アンディ・カウフマン(Andrew Geoffrey Kaufman)の軌跡を描く作品である.

 1975年,無名の芸人にすぎなかったカウフマンは,名プロモーター,ジョージ・シャピロ(George Shapiro)に見出され,「サタデー・ナイト・ライブ」出演のチャンスを得る.やがて全米の人気を集めるが,成功は奇矯なパフォーマンスを異常に加速させた.別人格"トニー・クリフトン"による暴走劇,観客の女性を相手取るプロレス,レスラーのジェリー・ローラー(Jerry "The King" Lawler)との確執.テレビと現実を錯綜させる演出は,エンターテインメントの領域を拡張しながらも,多くの視聴者を困惑させ,業界からの排斥を招いた.それでも,カウフマンは,パフォーマンス・アーティストであろうとした.観客に笑いではなく驚きを与え,種明かしもなく舞台を去る.

 後年「オルタナティブ・コメディ」と呼ばれるジャンルの先駆的存在とされるゆえんである.ジム・キャリー(Jim Carrey)の風貌はカウフマンと似ていないが,徹底した役作りにより,常軌を逸した存在感を体現している.キャリーは撮影中も役から降りず,現場でトラブルを引き起こすほど没入していたという.カウフマンを演じること自体がカウフマン的パフォーマンスになっていたのである.カウフマンは1984年に35歳で夭折したが,「自分の死はフェイクかもしれない.20年後に戻る」と語っていたことから,死後もその存在は神話化された.

 2004年にはロサンゼルスの「ハウス・オブ・ブルース」で「カウフマン降臨パーティ」が開かれ,特等席が空けられたという.彼の死が「最後のネタ」であったのではないか,という半信半疑を観客に残し続けた点にこそ,芸人としての本懐があった.本作のラストは,この降臨伝説を示唆するような演出で閉じられる.結果として5年後の実際のイベントと響き合い,映画と現実が奇妙にリンクした.ミロス・フォアマン(Miloš Forman)は「アマデウス」(1984)で音楽の破天荒な神童を描いたが,本作ではアメリカ大衆文化における破天荒な「異端者」を刻印してみせたのである.

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原題: MAN ON THE MOON

監督: ミロス・フォアマン

119分/アメリカ/1999年

© 1999 Universal Pictures, Mutual Film Company