▼「羅刹女国」井上靖

井上靖短篇集 (第5巻) ローマの宿 羅刹女国 わが母の記 他

 獣から人へ上昇する「僧伽羅国縁起」と対をなす物語.人になる代償に忍従を強いられる羅刹女の挫折を通し,非対称な男女の神話的配置から「人間の女」という規範の抑圧性を描く――.

 央アジア・西域を舞台にした一連の作品群――「楼蘭」「異域の人」「狼災記」――,いわゆる「西域もの」の系譜.骨格は玄奘『大唐西域記』にある「羅刹国」の記述,およびそれと表裏をなすセイロン建国神話(僧伽羅=シンハラの起源譚)に由来する.井上靖は同じ短篇集に「僧伽羅国縁起」を並置しており,両者は一対の思考実験として構想された.

 「僧伽羅国縁起」は,虎に攫われた王女の子が父を討って追放され,獅子(シンハ)の血統を名乗ってセイロン島に文明を打ち立てるという,獣から人間・国家への上昇の物語.対して「羅刹女国」は,難破した船長以下の男たちが500人の羅刹女の棲む島に漂着し,彼女たちと契りを結ぶ.羅刹女は人間の女に変身できるが,千日のあいだその姿と心を保ち続けて初めて本物の人間になれる.人間へと移行しきれない女たちは正体を現し,男たちを鉄の牢に引き込んで喰らう.物語の要諦は,人間になることの代償として何が要求されるかという点にある.

 羅刹女が人間の女になった場合,空を飛ぶ力を失い,夫が浮気をしても,かつてのように喰い殺して制裁することができなくなる.獣性の放棄とは暴力的な報復権の放棄であって,裏返せば「人間の女」という規範が,非対称な忍従を前提として構築されていることを,この寓話は暴いている.井上が史書的な乾いた文体――固有名詞と数量(五百人,二年,二年半という喪失の進行)を淡々と積み上げる語り口――を用いていることが,寓意を安手の教訓に堕さず,むしろ人類学的報告のような手触りを与えている.

 「僧伽羅国縁起」と対にして読むとき,本作は失敗した文明化の物語と解釈すべきである.虎の子が人間の言葉を覚え,父を殺してでも人間の側に踏み出すのに対し,羅刹女たちは最終的に「羅刹の道」を選び直し,船出の間際,女たちの姿を見た男たちの半数は,その許へ戻っていく.獣から文明の始祖へいたる物語と,人間になろうとして頓挫する物語との対称的な配置にこそ,井上靖が神話素材に見出した鉱脈があると言える.

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原題: 羅刹女国

著者: 井上靖

ISBN: 4000263056

© 1999 岩波書店