■「シッコ」マイケル・ムーア

シッコ [Blu-ray]

 超大国なのに保険充実度は,なんと先進国中最下位のアメリカ!!先進国で唯一,"国民健康保険"が存在しないアメリカでは,国民の6人に1人が無保険.毎年1.8万人が,医療費を払えないために治療を受けられずに死んでいく.しかし『シッコ』は保険に入っている人々についての映画である….

 働者階級の視点から資本と労働の関係を撃った「ロジャー&ミー」(1989),銃社会アメリカの病理に切り込んだ「ボウリング・フォー・コロンバイン」(2002),カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを獲得した「華氏911」(2004).マイケル・ムーア(Michael Moore)は一貫して同時代アメリカの制度的矛盾を告発するドキュメンタリー作家として名を上げてきた.先進国で唯一「国民皆保険」を持たないアメリカでは,無保険者が国民の相当数に上り,医療費を理由に治療を受けられぬまま命を落とす者が後を絶たない.しかしムーアが狙いを定めたのは,保険に加入していたにもかかわらず制度に見捨てられた人々である.

 電動鋸で指を二本切断した男の逸話が信じがたい.中指の接合には6万ドル,薬指には1万2千ドルという見積もりを提示され,根っからのロマンティストであることを理由に,結婚指輪を嵌める薬指を選んだ.保険会社の医療審査員として勤めた経験を持つリンダ・ピーノ(Linda Peeno)が,かつて心臓移植の給付を拒否し患者を死なせたことを議会証言で悔恨とともに告白する場面も,制度が個人の倫理を摩耗させていく様を生々しく伝える.ムーアは持論を補強するため,1971年にリチャード・ニクソン(Richard Nixon)が側近ジョン・エーリックマン(John Ehrlichman)とHMO(健康維持機構)の仕組みについて交わした録音音声を引用する.エーリックマンは,利益を生むのは「より少ない医療」を提供することだと述べており,1973年のHMO法制定の裏側にあった発想を露わにする資料として類を見ない.

 アメリカ医療の比較対象として提示されるカナダ,イギリス,フランス,キューバの医療制度も本作の見どころである.イギリスの国民保健サービス(NHS)については,労働党の重鎮トニー・ベン(Tony Benn)が,健康を万人の権利として保障する思想を語り,フランスの場面では出産後の家庭に公的支援で家事代行が派遣される様子が紹介される.終盤,ムーアの作家性は最も過激でパフォーマティブに炸裂する.国や保険会社から「公務外」として十分な治療を拒絶されたのは,同時多発テロ9.11の「グラウンド・ゼロ」で英雄的な救助活動を行い,その結果として深刻な呼吸器疾患などを発症した元救助隊員たち.ムーアは彼らを船に乗せ,キューバにあるグアンタナモ湾の米海軍基地へと向かう.

 アルカイダのテロ容疑者たちに無償で提供している最高水準の医療を,アメリカの英雄たちにも提供しろ――拡声器でそう叫ぶ挑発的な演出は,ブラックな滑稽さを極限まで高める.最終的に基地への接近を拒まれた一行は,長年の敵国であるキューバ本土へと向かい,そこでアメリカの病院では受けられなかった無償の手厚い治療と薬を受け取る.国家の安全保障を名目にしたテロリストへの手厚い人道的医療,国家のために命を懸けた自国民への医療ネグレクトという究極の矛盾は,アメリカの愛国者たちが,反米を掲げる社会主義国に命を救われるという痛烈なアイロニーに帰着する.公開当時,この渡航は米財務省外国資産管理局(OFAC)の調査対象となり,保守派から反米プロパガンダとして大バッシングを受けた.

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原題: SICKO

監督: マイケル・ムーア

123分/アメリカ/2007年

© 2007 Dog Eat Dog Films, Inc.