▼『人間の証明』森村誠一

人間の証明 (角川文庫)

 ホテルの最上階に向かうエレベーターの中で,ナイフで刺された黒人が死亡した.棟居刑事は被害者がタクシーに忘れた詩集を足がかりに,事件の全貌を追う.日米共同の捜査で浮かび上がる意外な容疑者とは――.

 者は新大阪ホテルを皮切りに,開業直後のホテルニューオータニへ自ら志願して転職,都市センターホテルを含め通算9年にわたりホテルマンとして働いた.作中に描かれるホテルの外観や最上階の回転展望レストランのシルエットは,勤務先だったホテルニューオータニがモデルとされている.『高層の死角』以来,密室性と匿名性,異なる階級の人間が行き交う場としてのホテル空間は,森村作品に一貫して流れる職業的観察眼の賜物である.事件を駆動するのは,黒人青年ジョニーが死の間際に残した「ストウハ」という謎の一語.棟居刑事はこれをストロー・ハット,すなわち麦わら帽子と読み解く.

 手がかりとなるのが西条八十の詩「帽子」からの一節――母さん,僕のあの帽子どうしたでせうね――であった.西条は「東京行進曲」「青い山脈」など,大正・昭和期の流行歌謡の作詞を数多く手がけた.子供向け雑誌『コドモノクニ』第2号(1922年)に発表された叙情詩が,半世紀を経て猟奇殺人小説の推理装置へと転用される.社会派推理小説と評される本作の核心は,ジョニーの実母・八杉恭子という人物造形にある.人気の家庭問題評論家として世間の寵児となった彼女は,占領期に米兵との間にジョニーをもうけながら,その事実を隠蔽したまま戦後日本の言論空間で地位を築き上げた.

 実子を手にかけるという行為は,高度経済成長を遂げた日本社会が占領の記憶を忘却・隠蔽することで自己を再定義してきた縮図として読むことができる.戦後日本社会が公的言説の水準でどのような「家庭」像を称揚し,裏でどのような現実――いわゆる「GIベイビー」や混血児,パンパンと呼ばれた女性たちをめぐる差別と沈黙――を周縁化してきたかを,一人の女性の内面劇として描いている.探偵小説的な謎解きの快楽,占領期日本が抱え込んだ人種・階級・性をめぐる集合的抑圧の暴露――2つの異なる文法の接合が見えるが,人に知られてはならぬ過去を抹殺する成功者の苦悩と敗北は,松本清張『砂の器』と同じ主題で完成度はそちらに譲る.

 1977年公開の映画版についても触れないわけにはいかない.角川春樹事務所が製作し,「読んでから見るか,見てから読むか」という大々的な宣伝コピーとともに小説と映画を連動させるメディアミックス商法を確立した記念碑的作品である.八杉恭子役には岡田茉莉子――映画版ではファッションデザイナーに役柄が変更されている――が起用され,棟居役には当時27歳の松田優作が抜擢された.主題歌《人間の証明のテーマ》は西条八十の原詩を角川春樹が英訳し,劇中でジョニー役も演じたロック歌手ジョー山中が英語詞に仕立てたもので,オリコンチャート2位のヒットとなり,映画と並ぶ社会現象を巻き起こした.

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原題: 人間の証明

著者: 森村誠一

ISBN: 9784041025994

© 2015 KADOKAWA/角川書店