▼『ビリー・リンの永遠の一日』ベン・ファウンテン

ビリー・リンの永遠の一日 (Shinchosha CREST BOOKS)

 兵士の見た過酷な戦場と,祖国アメリカに溢れる愚かな狂騒.中東での戦闘を生き延び一時帰還した8人の兵士.彼らは戦意昂揚のための催しに駆り出され,巨大スタジアムで芸能人と並んでスポットライトを浴びる.時折甦る生々しい戦場の記憶と,政治やメディアの煽る滑稽な狂騒の,その途方もない隔絶.テロと戦争の絶えない21世紀のアメリカの姿を,19歳の兵士の視点で描く感動的長篇――.

 004年感謝祭当日,テキサス・スタジアムで行われるダラス・カウボーイズの試合,ほぼ一日という圧縮された時間の中に,すべてが収められている.19歳の兵士ビリー・リンが所属するブラボー分隊が英雄視されるに至った発端は,FOXニュース従軍取材班が撮影したわずか3分43秒の交戦映像――のちに「アル・アンサカル運河の戦い」と呼ばれることになる映像――だった.そもそも「ブラボー分隊」という呼称自体,実際の部隊編成上の名称ではなく,報道する側が便宜的に与えたものにすぎない.戦争の現実がまず短い映像断片に切り詰められ,その断片が繰り返し消費されることで初めて「英雄」という称号が流布する.

 部隊の呼び名までもがメディアの都合で事後的に確定させられている.一日という枠に閉じ込められた現在時制の語りの中に,イラクでの記憶が制御不能な形で繰り返し侵入してくる構成は,心的外傷後ストレス症状を形式的に模倣していると言ってよい.隊員の精神的支柱でありビリーの教育係でもあったシュルームは,神秘思想やシャーマニズムに傾倒,古代シュメールの信仰体系からイヌイットのシャーマン伝承に至るまで,東洋思想や古代文明の雑学を語り続ける奇矯な知性の持ち主だったが,交戦の中でビリーの腕の中で息絶える.シュルームの死を回想し続けることが,ビリーの目に映る帰還後のアメリカの空虚さをいっそう際立たせる.

彼らの年齢がいくつであれ,人生での地位がどうであれ,同胞のアメリカ人たちのことをビリーは子供であると考えずにいられない.彼らは大胆で,誇り高く,自信たっぷりだ.自尊心に恵まれすぎた賢い子供のようであり,どれだけ教え諭しても,戦争が向かう先の純然たる罪の状態に彼らの目を開かせることはできない

 もう一つの物語の軸は,映画プロデューサーがブラボー分隊の物語を映画化権として売り込もうとする商談で,カウボーイズ球団オーナーとの交渉に収斂していく.当初一人当たり10万ドルとされた提示額が最終的に5500ドルまで値切られる展開は,英雄性が商品として値付けされ,しかも買い手側の裁量で容易に減額される.資本の論理を戯画的に凝縮して描いた著者は,ダラスで不動産法を扱う弁護士だったが1988年に法曹を離れ,以後18年にわたって無名のまま書き続け,2006年,48歳の年にようやく短編集『チェ・ゲバラとの束の間の出会い』を世に出した.

 2007年,PEN/ヘミングウェイ賞を獲得するという遅咲きの経歴を辿った著者の軌跡は,マルコム・グラッドウェル(Malcolm Gladwell)が「ニューヨーカー」誌のエッセイでピカソ型の早熟の天才とセザンヌ型の遅咲きの天才を対比させた際,後者の代表例として取り上げられたことでも知られる.長い試行錯誤を経てようやく実を結ぶ種類の達成と,FOXニュースの3分43秒で一夜にして製造される「英雄」という虚構の即席性――その部隊名すら報道機関が事後的に貼り付けたラベルにすぎなかったという事実――小説が告発する即席の栄光への懐疑を裏書きしている.

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Title: BILLY LYNN'S LONG HALFTIME WALK

Author: Ben Fountain

ISBN: 4105901346

© 2017 新潮社