▼『移動と階級』伊藤将人

移動と階級 (講談社現代新書 2774)

 この世界には「移動できる人」と「移動できない人」がいる.日本人は移動しなくなったのか?人生は移動距離で決まるのか?なぜ「移動格差」が生まれているのか?通勤・通学,買い物,旅行,引っ越し,観光,移民・難民,気候危機……日常生活から地球規模の大問題まで,移動から見えてくる〈分断・格差・不平等〉独自調査データと豊富な研究蓄積から「移動階級社会」の実態に迫る――.

 ークムント・バウマン(Zygmunt Bauman)は,かつて『グローバリゼーション』の中で,自由意志によって世界を飛び回る観光客(tourist),選択の余地なく移動を強いられるか,あるいは特定の場所に完全に固定される浮浪者(vagabond)を対置し,移動の自由が階級分断の鍵であると論じた.本書の命題――「移動できる人」「移動できない人」の格差――はこの洞察に学んでいる.

 地理とジェンダーとの交差は興味深い.ティム・クレスウェル(Tim Cresswell)は『オン・ザ・ムーヴ』において,誰の移動が「正常」で誰の移動が「逸脱」とみなされるかというポリティクスを論じた.家事・育児・介護という再生産労働が女性に偏重する日本社会では,移動の非対称性はジェンダー不平等の再生産装置となっている.買い物難民問題や地方交通の衰退が,都市郊外の高齢女性に不均等な打撃を与える.高い移動性を持つ知識労働者が都市の繁栄を牽引するという言説は,移動能力を個人の才覚や努力の問題に帰属させ,構造的不平等を不可視化する.

 移動が成功の条件であるならば,移動できない者は自己責任で停滞しているにすぎないという倒錯した論理が生まれる.本書はその論理を検討し,移動を阻む社会的・経済的・制度的障壁を前景化する.とはいえ,「移動格差」という概念枠組みが内包するある種の緊張も看過すべきではない.移動の自由を普遍的に望ましいものとして前提するとき,「移動するほど良い」という価値観を暗黙に補強しかねない.

 ピエール・ブルデュー(Pierre Bourdieu)が多元的な資本形態の変換関係を論じた際,物理的空間への接近可能性もまたその変換の資源として機能することを示唆したが,移動を資本蓄積と同一視するフレームが定住・帰属・場所への愛着を劣位に置くとすれば,それは別の抑圧を生む.格差解消のための「五つの方策」が,移動しないことの価値を肯定する視点を含み得るかどうか――本書がどの程度この問いに向き合っているかは,読者が批判的に問い返すべき余地として残る.私たちが何気なく選び,また選べずにいる「動く」という行為の中に,社会の亀裂が刻まれている.

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原題: 移動と階級

著者: 伊藤将人

ISBN: 4065397340

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