▼『傍観者の時代』ピーター・F・ドラッカー

ドラッカー名著集12 傍観者の時代

 フロイトやシュンペーターと親交を深めた世紀末ウィーン.世界が一変した第一次大戦.ファシズムの台頭でヒトラーに追放され,ロンドンでのエコノミスト生活を送る.そして米国へ.いつの時代にも多様性を愛し,時代と人を客観的に見つめてきた.ドラッカー自身が激動の半生を振り返る,唯一の自伝――.

 ーター・F・ドラッカー(Peter Ferdinand Drucker)の唯一の自伝は,まず書名に注目しなければならない.「傍観者」とは,歴史の外側に立ち,事件に関与しない者を指す.ドラッカーはこの語を自己記述として採用することで,自らを歴史の観察者として位置づける.ドラッカーが遭遇した他者とは,ウィーンの知的サークルで父親の友人として出入りしていたヨーゼフ・シュンペーター(Joseph Schumpeter),ケンブリッジで講義を聴いたジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes),アメリカで接触したアルフレッド・スローン(Alfred Sloan)といった人物である.

 周縁にいたと称する傍観者の居合わせた場所は,20世紀の精神史と経営史の中枢であった.ドラッカーは生涯を通じて,理論の演繹よりも観察と統合を知的方法論に用いた.「傍観者」は関与しないがゆえに見る――そのような認識論的優位の方法論をメタレベルで実演したドキュメントとして読むことができる.本書のウィーン回想は,シュテファン・ツヴァイク(Stefan Zweig)『昨日の世界』と比較されるべきドキュメントであり,ナチズムによって壊滅させられた文化への挽歌である.ドラッカーは1933年にドイツを離れ,ロンドン経由でアメリカへ渡った.

 ツヴァイクと同じく亡命の軌跡だが,ツヴァイクが最終的に自死によって「昨日の世界」への絶望を体現したのに対し,ドラッカーは新世界への適応に成功した.両者の分岐は,ウィーン知識人の運命の二様式を象徴するものであった.人物の知的限界を,その知的偉大さと切り離さずに提示する手法が,本書を経営学者の雑談録ではなく伝記的批評として成立させている.だが質的な限界を指摘するとすれば,「傍観者」という立場の倫理的曖昧さにある.

 傍観者は関与しないがゆえに清潔であると同時に,関与しないがゆえに責任を問われない.二十世紀ヨーロッパの惨禍を前に傍観者であり続けることの代価について,ドラッカーは十分に問い返しているだろうか.本書はその問いを完全には回避していないが,正面から引き受けてもいない.これは,採用された語りの形式――肖像の連鎖――が,問いの先送りを許容してしまうという形式的問題である.

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Title: ADVENTURES OF A BYSTANDER

Author: Peter Ferdinand Drucker

ISBN: 4478003009

© 2008 ダイヤモンド社