| われわれが親しむギリシアとローマの古典は,現在の形を取るまでに紆余曲折を経てきた.書写された複数の本から原典を正確に復元し,保存すること,そして伝承すること.本書はその営為の過程を追う.古代における書籍取引の実態から始まり,巻子本から冊子本への変化,カロリング時代に増加する本の生産,書体の発展,ルネサンスの校訂学など,興趣に富んだ説明がなされる――. |
古代ギリシア・ローマの文学作品は,紙であれ羊皮紙であれ,いずれは朽ちる物質の上に記されている.羊皮紙は適切な保管下では紙よりはるかに長く保ち,カロリング期写本(九世紀)のように千年以上を経て今日まで伝存する例もあるが,それでも個々の写本はいつか失われる.にもかかわらず我々はホメロス(Homer)やウェルギリウス(Publius Vergilius Maro)を今日手に取って読むことができる.原本は必ず失われるにもかかわらず,書写の連鎖のなかでテクストは生き残る.この二重性が,しばしば乾いた文献学に終始しがちなテーマに具体的な手触りを与えている.
ギリシア語圏とラテン語圏の伝承史は,中世を通じてまったく異なる経路をたどった.ラテン語の古典はカロリング朝の修道院写字室を中継点として西欧内部で命脈を保ったのに対し,ギリシア語の古典はビザンツ帝国という単一の文明圏に保管され続け,9世紀の「古典復興」を経たのちコンスタンティノープル陥落前後に亡命学者たちの手で西へ流れ込む.カロリング朝小文字体をめぐる逸話は本書の白眉のひとつだろう.ルネサンスの人文主義者たちは,9世紀の修道院で書かれたこの書体を「古代ローマの正字」と誤認し,これを模範として自分たちの人文主義体を作り上げた.それが活字書体の原型となり,現在我々が目にするローマン体の小文字へとつながっていったという.
西洋の活字書体の祖型は,古代ではなく中世の誤認の産物だった.印刷時代に移ってからは,ヴェネツィアのアルドゥス・マヌティウス(Aldus Manutius)がクレタ出身の学者マルコス・ムスロス(Marcus Musurus)と組んでギリシア語古典の刊本を次々と世に送り,携帯可能な小型本と斜体活字という二つの革新をもたらした件,そしてその工房に滞在したエラスムス(Erasmus)が手稿の閲覧によって自著『格言集』を大幅に増補した件など,出版史と学問史が交差する場面が要所要所に置かれている.終章は一転して理論篇となり,写本系統図(ステンマ)による校合理論とその限界――汚染による系統の混線,間接伝承の扱いなど――が扱われる.
言及されるリチャード・ベントリー(Richard Bentley)が『ファラリス書簡』を偽作と論証した一件は,近代文献学的批判の方法論的出発点として位置づけられており,それまでの逸話の集積が最終的に「いかにしてテクストを校訂するか」という規範へと収斂していく構成は周到である.各章の情報密度がきわめて高く,固有名詞と年代の奔流に読者の集中力が試される.ラテン語やギリシア語の引用が訳出なしに置かれる箇所もあり,古典語の素養を前提とした記述が顔を出す.写本学・古文書学・出版史・校訂理論という本来別個の専門領域を一冊の通史に統合し,なお半世紀にわたって版を重ねてきた文献である.
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Title: SCRIBES AND SCHOLARS - A GUIDE TO THE TRANSMISSION OF GREEK AND LATIN LITERATURE
Author: Leighton D. Reynolds, Nigel G. Wilson
ISBN: 4480511830
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