▼「オムレット公爵」エドガー・アラン・ポー

ポオ小説全集 1 (創元推理文庫 522-1)

 ポーの初期滑稽譚.壮絶な死の逸話を並べておいて死因が「鳥料理」という落差で笑いを作り,地獄での悪魔との賭けに人相学的詐術で勝つ公爵の姿に,後の推理小説の萌芽が宿る――.

 ドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe)の創作活動の最初期に位置する一篇.『サタデー・クーリエ』紙が募った懸賞小説への応募作5篇のうちの1つであり,当選こそディーリア・ベーコン(Delia Bacon)に譲ったものの,無事に紙面へ掲載された(ただし原稿料は支払われなかった).同じ応募作の中には,7週間前に発表されたゴシック風の習作「メッツェンガーシュタイン」も含まれていた.この2作を併置すると,ポーが処女作の段階からすでに「恐怖」「滑稽」という対照的な作風(レジスター)を意識的に使い分けていたことが見える.ポーは,当時広く流布していた俗説「酷評がキーツの死を早めたという伝説」「俳優モンフルーリが『アンドロマック』を熱演しすぎて血管を破裂させ死んだという逸話」を仰々しく並べ立てる.そして「卑しい魂どもよ――オムレット公はオルトラン(小鳥の料理)に斃れたのだ」と見事に落とす.

 文学史・演劇史上の壮絶な死を引き合いに出しておいて,実際の死因が「ただの鳥料理の不手際」だったと明かすこの落差こそ,本作の笑いの機構である.絶命から3日後,公は地獄で悪魔と対面するが,地獄の広間は,血のように赤い金属の鎖,巨大な紅玉の燭架,ギリシア風の美とエジプト風の醜,そしてフランス風の「全体の趣」を兼ね備えた群像で彩られている.覆いをかけられた第4の壁龕(へきがん)の像からは細い足首がのぞき,それを見た「悪魔陛下」自身が頬を赤らめるのを公がふと見咎める,といった具合である.徹頭徹尾,地獄は「公が現世で慣れ親しんだ室内装飾の延長」として描かれている.つまりポーは,地獄を現世的快楽の対極としてではなく,その誇張された鏡像として構築したのである.

 悪魔が「裸になれ」と命じるのに対し,公は捏造めいた肩書を並べ立てて拒絶し,あろうことか決闘を申し出る.かつて6人を斃したと豪語するほど剣の心得がある公に対し,悪魔は剣が使えない.そこで公は,悪魔が「エカルテ」(19世紀フランス上流社会で流行した2人用トランプ競技)の勝負だけは拒めないという話を,ゴルティエ師なる人物の著書『悪魔』で読んだことを思い出す.出典明示が,学術的脚注の体裁を借りた内輪の冗談であり,ポー一流の衒学趣味のパロディと見るべきだろう.公が勝負に自信を持つ根拠は,ル・ブラン(Charles Le Brun)の人相学をかじっていた点にあった.悪魔は人の顔色を読むが,心の中までは読めないという前提,外見しか判断材料を持たない相手には,外見を操作する者――つまりカードをすり替える露骨ないかさま師――が必ず勝てる,という単純だが効いた仕掛けである.

 この作の射程は限定的であると言わざるを得ない.地の文の随所に未訳のフランス語を惜しみなく散りばめる文体は,当時もてはやされた華美な社交文芸への当てこすりと見られるが,今日この作を単独で読んでも諷刺対象の輪郭はかなり摩耗している.文学的達成というよりは,文献学的興味の対象に近いと言ってよい.しかし,公爵は「相手は外見しか読めない」という人相学的前提を逆手に取って騙し抜く.ここには,10年余り後に書かれる探偵小説群,とりわけ「盗まれた手紙」における,表層の操作によって相手の読み筋を出し抜く論理の萌芽がすでに内包されている.滑稽譚として消費される一篇の奥底に,ポーが終生手放さなかった主題――外見と真実のずれを武器に変える――の最初の素描を見出すことができるのである.

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Title: THE DUC DE L'OMELETTE

Author: Edgar Allan Poe

ISBN: 4488522017

© 1974 東京創元社