▼『かの子撩乱』瀬戸内晴美

かの子撩乱 (講談社文庫 せ 1-1)

 奔放で奇矯な行動と常に噂の絶えることのなかった男性遍歴,また夫一平との世俗の常識を超えた異常の愛……岡本かの子は童女か,聖女か.絢爛豪華な文学遺産と多くの伝説を残したまま火のような生涯を閉じたかの子の内面を会心の筆で抉る伝記文学の傑作――.

 本かの子の夫・岡本一平は,かの子を「童女型の天女顔」と評した.漫画家らしい,戯画化と賛美が同居する表現である.かの子自身は「牡丹観音」と呼ばれることを望んだという.瀬戸内晴美(後の寂聴)は,童女のような無邪気さと性愛に奔放な奇矯さを併せ持つかの子の中に,芸術家としての自我が宿っていることを鋭敏に感じ取っている.本書は基本的に伝記の体裁を取り,後半では著者自身が一人称で登場し,かの子という強烈な世界観の内部へと踏み込む.

 聞き書きや資料探索の過程を作中に組み込むことで,伝記でありながら評伝者の主観的格闘をも記録するテクストとなっている.かの子の耽美で妖艶な作風は,たとえば早稲田大学の学生・堀切茂雄と自分,夫一平の三者による奇妙な同居生活という,常識を逸脱した性愛のあり方から生み出された.この同居は一平が主導したものではなく,かの子自身が実妹への嫉妬を発端として夫に容認を迫った末に成立したとされる逸話があり,一平はそれを了承する形で受け入れた.

文学界系の作家は,かの子の文学を認め,社会主義陣営や,早稲田リアリズム派はかの子の文学を現実遊離のプチブル的有閑文学とやっつけた.特に,その濃厚な味あるいは血のしたたるビフテキのようなこってりとした感じを感覚的に嫌うむきは,もうそれだけで,かの子の文学についていけない感じがするのだった

 徹底したナルシシズムと,常識を超えた媚態が,異様な磁力をもって男性たちを引き寄せ,圧倒した.その生々しい生の痕跡が,かの子晩年の傑作群に色濃く滲み出ている.一人息子・岡本太郎による,意外なほど冷静な母親回顧も本書の読みどころである.太郎は後年,創作を妨げられたとして幼少期に母から柱に縛りつけられた経験を語り,「母親としては最低だった」とまで述懐した.

 そうした過酷な記憶を抱えながらも,太郎は「人に好かれるようなものは芸術じゃない.いやな絵だ,気持ちの悪い小説だと言われるようなものが本物だよ.芸術家は岐路に立った時,進んで危険だと思う道を選ぶべきだ」としばしば語ったという.非情とも言える幼少期の経験を経てなお,かの子の芸術的本能の核心を冷静に評価し継承し得たことにこそ,太郎自身の自我の強靭さが表れている.

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原題: かの子撩乱

著者: 瀬戸内晴美

ISBN: 4061310674

© 1974 講談社