| 色の概念の論理は見かけ以上に複雑だ.病床にあった晩年のウィトゲンシュタインは,ゲーテの『色彩論』に触発され,死の直前まで「色彩」の問題を考察し続けた.透明で白いガラスはなぜ想像できないのか,「赤っぽい緑」というような色はありうるか,全員が色盲である民族を想像してみよ……『哲学探究』で示された「言語ゲーム」などの視点を採り入れた「色の論理学」ともいうべき思考実験は,われわれが自明視しがちな色彩概念を根本から揺さぶり,深い探究へと読者を誘う――. |
未完の断片集という形式の遺著.1950年,すなわちルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン(Ludwig Wittgenstein)の死の前年に書かれたノートを,G・E・M・アンスコム(G. E. M. Anscombe)が編集して刊行した.本書の出発点は,ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe)『色彩論』への応答という側面を持つ.ゲーテはアイザック・ニュートン(Isaac Newton)の光学に対抗し,色彩を人間の知覚と感覚の現象として捉えようとした.
ニュートンが『光学』において白色光をプリズムで分解し,色を物理量として定義したのに対し,ゲーテは「青はどこか暗さを帯びている」「黄色は明るさに近い」といった,色相同士の対立や親近性に注目した.ウィトゲンシュタインはこのゲーテ的な問題設定を引き継ぎながら,しかしゲーテとは異なる地点に立つ.「『この色は明るすぎる』『透明な白はありえない』といった命題は,いかなる種類の命題なのか」という,言語の文法的考察である.ウィトゲンシュタインは,色彩命題を経験的命題と論理的文法的命題の中間にあるような,奇妙な位置に見出している.
「透明な白色のガラスは存在しない」という命題は,一見すると経験的事実の報告に見える.だが実際には,「白」という語の使い方に関する規則を述べているに等しい.透明な物体に白い顔料を混ぜれば,それはもはや透明ではなくなる.それは実験で確かめられる経験的事実というより,「白」「透明」という二語の意味が,互いにある関係を取るように私たちの言語ゲームのなかで定められている.色彩語の文法は,すでに私たちの言語の使用の中に織り込まれている.本書には,色盲や色彩の知覚異常に関する考察も散見され,正常な色彩知覚という概念が,ある種の統計的多数性や言語共同体の規範に依存していることを示す.
色盲の人が赤と緑を区別できないとき,何が「欠けている」のかを問うことは,色彩語の意味がどこに根拠を持つのかの考察に直結する.色の知覚という,最も主観的に思われる経験こそが,実は公共的な言語実践なしには成立しない構図を,ウィトゲンシュタインは色彩という身近な対象を通して示そうとした.「赤を想像してみてほしい」と言われたとき,私たちは何かを思い浮かべるが,「思い浮かべたもの」が本当に「赤」と呼ばれるべきものであるかどうかを,私的な内面の検査だけで確認することはできない.色の同一性を判定する基準は,常に公共の言語使用,すなわち他者と共有された色名の使い方の中にあるからである.
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Title: BEMERKUNGEN ÜBER DIE FARBEN
Author: Ludwig Wittgenstein
ISBN: 4480512845
© 2025 筑摩書房
