| 作家志望の元教師ジャック・トランスは,妻と霊感を持つ息子ダニーを連れ,雪に閉ざされるオーバールック・ホテルの冬季管理人に就く.孤立した環境の中でホテルに宿る邪悪な力に侵食されたジャックは次第に狂気に堕ち,家族を惨殺しようとする…. |
スティーヴン・キング(Stephen King)の原作小説を大胆に再解釈した本作は,キング本人から「人物の感情的な真実を無視している」として強く批判されたことは広く知られている.だがスタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick)が意図的に捨て去ったものこそ,映画の圧倒的な強度を生み出している.ジャック・ニコルソン(Jack Nicholson)演じる狂気の男トランスは,最初からすでに壊れかけている.内面の崩壊を段階的に表面化させる「回復と転落」の弧を,キューブリックはあえて切り捨てた.その判断がニコルソンの演技に独特の緊張を与え,観客は救済の可能性を信じることがない.
シェリー・デュヴァル(Shelley Duvall)もまた,キューブリックから苛烈な要求を課され続け,撮影期間中に脱毛を伴うほどの身体的消耗を経験したと伝えられる.疲弊の痕跡は演技に刻まれ,妻ウェンディの精神的な追い詰められ方に抗いがたいリアリティをもたらした.映画の空間設計について,オーヴァールック・ホテルの内部は,居室の窓が建物内部に面するなど幾何学的に不可能な構造を持つ.現実の論理が静かに損壊した世界のなかに観客は閉じ込められ,自分が何を見ているのかという確信が揺らぎはじめる.本作はスティディカムを徹底的に活用し,キューブリックはその技術をホラー的な文脈で用いた.
カメラは息子ダニーの三輪車に追随しながら床すれすれを滑るように移動し,子供の視点と同時に地面を這う何者かの視点をも想起させる多義性を帯びる.鏡に映る"REDRUM"の反転――MURDER(殺人)――は,記憶と予知が同一の文字列に同居するという可逆性でもあり,エンディングで示される1921年の写真にトランスが写っているという事実は,転生かホテルに憑依された存在の永続かという問いを開いたまま,物語を語りの外側へと押し出す.バルトーク(Béla Bartók),リゲティ(György Ligeti)らの前衛音楽を採用した音響の不快感は,持続する不調和として実装される.聴覚的に落ち着き場所を奪われた観客は,ジャックの精神状態に近い感覚へと誘導されるだろう.
本作に対してはサブリミナル的なメッセージや月面着陸陰謀論との関連を読み込む解釈が後を絶たない.意図的に埋め込まれた矛盾――原作の「217号室」が「237号室」へと変更されたこと,家具の配置が場面によって整合しないことなど――は,観客を解釈へと駆り立てるツァイガルニク効果を生んだ.ロドニー・アッシャー(Rodney Ascher)の「ルーム237」(2012)はそうした解読群を俯瞰するドキュメンタリーとして製作されたが,過剰解釈はキューブリックが設計した「意味の過密」の必然的な帰結なのである.
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原題: THE SHINING
監督: スタンリー・キューブリック
119分/イギリス/1980年
© 1980 Warner Bros. Entertainment Inc.
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