| 平安時代文学の母胎となった後宮生活の実態は明らかでない部分が多い.本書は源氏物語・枕草子など当代作品をはじめ古記録を材料に,宮廷生活について具体的に概説したもの.当時の絵巻物から図版20数葉を選び,視覚の面から読者の理解を助けるよう留意した.物語・日記文学の読者・研究家の座右に欠かせぬ王朝文学研究必携――. |
文献批判的研究という著者の学問的手法は,膨大な写本群を体系的に照合・復元するものであり,その成果は1953年から1956年にかけて刊行された全8巻『源氏物語大成』である.これは以前の『校異源氏物語』(全5巻)を増補した大著で,源氏研究の礎石となった.写本研究の副産物として収集された膨大な文献資料が「桃園文庫」として東海大学に所蔵されたのは,著者没後の1973年のことであった.
本書は,文献実証の蓄積を基盤としながら,後宮生活という具体的な場へと向かう.皇后・中宮・女御が住まい,更衣・御息所をはじめとする内侍の司以下の女官たちが奉仕した奥御殿を「後宮」として設定し,そこに展開した制度・行事・婚姻習俗・服飾・女性教養を体系的に解説する.この論述の射程の広さは本書の美点である.とりわけ服飾論の記述は精彩を放つ.
袴に始まり,単,袿,打衣,表着,唐衣へと重ねられていく着用の順序と流儀は,宮廷社会における身体の美的秩序の解読である.こうした考証を積み重ねる過程で,美的概念が文献の字句から滲み出るように形をなしていくことを示しており,その手つきは地味だが確かである.日記文学への考察も,和歌と並ぶ平安朝文学史の一角として丁寧に位置づけられる.女性の内面を披瀝する姿態が当代作品に描かれているという指摘は,後宮という閉ざされた空間が同時に文学的表現の産床であった.
当時の女性の美しさは,けっして孤立したものではなく,周囲との調和のなかにのみ存するものであって,いわば総合の上にあるものです.…中略…ここに平安時代の女性美の特色がありますが,この特色は,やがて日本的な美の特色ともいえると思います
惜しまれるのは著者の早世である.著者は業績に比べて昇進が遅く,59歳でようやく東京大学文学部国文学科教授に着任した翌年,急逝した.しかし学問への真摯な情熱は,『池田亀鑑選集』に収められ,後学に伝わっている.本書もまた,近代源氏学の基礎を築いた碩学が平安朝文化の全体像を一望のもとに見渡すことを可能にした,堅実な学術的証言として読まれるべきだろう.
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原題: 平安朝の生活と文学
著者: 池田亀鑑
ISBN: 4043132018
© 1964 角川書店
