| アルジャーノン・ブラックウッドの代表作にして,怪奇文学史上屈指の名作,待望の新訳!!ヘラジカを追ってカナダの原始林に足を踏み入れた一行を待ち受ける未知の恐怖体験.はたして伝説の獣ウェンディゴとは……?大森林の神秘と雄大さ,そしてそのただ中で人間の感じる極限の孤独と恐怖とを,圧倒的な筆致で描く傑作ホラー――. |
足跡だけが残り,焦げた匂いが漂い,やがて人間の言語では表現しきれない何かが大気を満たす.語られない輪郭は読者の心理が補完し,その結果として生まれる恐怖は作者の手を離れて自律する.H・P・ラヴクラフト(Howard Phillips Lovecraft)は,1927年の評論『文学における超自然的恐怖』で本作を傑作として明示的に挙げ,アルジャーノン・ブラックウッド(Algernon Blackwood)を「現代最高の恐怖作家」と称えた.
ラヴクラフト自身の「名状しがたきもの」という概念言語は,この先達への借用なしには成立しなかった.舞台であるカナダ北部の広大な森林地帯が意識を侵食し,登場人物たちが自己と外部世界の境界を保てなくなる.ブラックウッドは若年期にオンタリオ州やマニトバ州の辺境で数年を過ごし,後にその時期を自然との合一への欲求と恐怖が混在した時間と回想している.アルゴンキン語族の諸民族に伝わるウェンディゴ信仰――厳冬期に人肉食に至った者が怪物へと変容するという伝承――を引くが,ブラックウッドは宗教的・民族誌的文脈をあえて剥ぎ取り,形而上学的恐怖へと蒸留した.
荒野に最も接近して生きる者が,まず自我の輪郭を失い,恐怖は「変容」に置かれている.生還したデファゴは「何か」になっている.人間であることをやめる過程は,破片的な痕跡と壊れた言語を通して察するほかない.人間は固定した存在ととらえることはできず,何かへと「なりうる」存在という認識が,恐怖の土台を成している.1907年に発表された「柳」が,ドナウ川という流れる空間において自己の溶解を描くのに対し,本書は静止する広大さの中に同じ恐怖の位相を配置する.
空間と意識の関係を一貫して探求していたことを窺わせるブラックウッドの文章は,簡潔ではない.長大な形容詞の蓄積と反復するリズムが特徴的だが,読者は長い感覚的記述の中で批判的な距離を徐々に失い,登場人物と同じ認知的脆弱性へと誘導され,「説明の拒否」は一貫している.何が起きたかを読者が論理的に解釈しようとするたび,物語は証拠をぼかす.残るのは感触と匂いと音だけだ.これが本作を心理的ホラーとオカルト・ホラーの中間領域に留め置いている.
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Title: THE WENDIGO
Author: Algernon Blackwood
ISBN: 9798793426190
© 2022 Independently published
