▼「プルシアン・ブルー」ベンハミン・ラバトゥッツ

恐るべき緑 (エクス・リブリス)

 偶然生まれた青い顔料プルシアン・ブルーを軸に,化学者フリッツ・ハーバーの二面性……人類を飢餓から救う一方で化学兵器を開発した業を描く.妻の自死,そして彼の研究が転用されたホロコーストのガス室の壁に浮かぶ染み――.

 ルシアン・ブルーという色は,偶然の産物である.18世紀初頭,錬金術師ヨハン・コンラート・ディッペル(Johann Conrad Dippel),顔料職人ハインリッヒ・ディースバッハ(Heinrich Diesbach)が赤い顔料を作ろうとして失敗したとき,動物の血と骨の不純物が混入した坩堝から,奇跡のような深い青が生まれた.ヴィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh)の夜空を,葛飾北斎の大波を,あの比類なき青で染めた顔料が,錬金術師の誤算から誕生した.

 本篇は,ナチス指導者たちの服毒自殺から幕を開け,その毒物であるシアン化物の起源へと遡っていく.美しい青の顔料と致死の毒とは,同じ化学式の表裏である.ユダヤ系ドイツ人の化学者フリッツ・ハーバー(Fritz Haber)は「空気からパンを作った男」として称えられ,ノーベル賞を受賞した業績――大気中の窒素からアンモニアを合成するハーバー・ボッシュ法――は,化学肥料を通じて人類を飢餓から救った.だが同じ頭脳が,第一次世界大戦において塩素ガスによる化学兵器を開発した.

 二面性は,私的な悲劇として刻まれる.歴史とフィクションを意図的に混合させる著者は,「祖国への忠誠」「科学的探求」という二つの衝動に憑りつかれ,倫理の声を聞こえなくしていった人間の業を,冷徹な距離感を保ちながら描く.ブレスラウ大学で女性として初めて化学博士号を取得した妻クララ・イマーヴァール(Clara Immerwahr)は,夫の非人道的な研究に激しく抗議し続けた.イープルの戦いで毒ガス攻撃が成功した祝賀会の夜,彼女は庭でハーバーの軍用拳銃を手に取り,自らの命を絶った.翌朝,ハーバーは次の戦線へと発った.

 読者の内側に不気味な共鳴を生ませた物語は,最後の円環を閉じる.ハーバーが主導した研究は,害虫駆除のためのシアン化物系殺虫剤「ツィクロン」を開発した.ナチス・ドイツはのちにこれを殺人用途に転用し,強制収容所のガス室で「ツィクロンB」を使用する.迫害を逃れて亡命を余儀なくされたハーバー本人は,その完成を見ずに没したが,彼の親族の多くは,ハーバーの研究から派生した薬剤によって殺された.ガス室の壁には,シアン化合物の反応が残した痕跡――美しいプルシアン・ブルーの染みが浮かんだ.

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Title: AZUL DE PRUSIA

Author: Benjamín Labatut

ISBN: 9784560090909

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