| 「お姥(んば)捨てるか裏山へ裏じゃ蟹でも這って来る」雪の楢山へ欣然と死に赴く老母おりんを,孝行息子辰平は胸のはりさける思いで背板に乗せて捨てにゆく.残酷であってもそれは貧しい部落の掟なのだ……因習に閉ざされた棄老伝説を,近代的な小説にまで昇華させた――. |
深沢七郎がギターを携えて文壇に現れた1956年,日本の純文学は一つの奇襲を受けた.本篇は,戦後民主主義が丹念に積み上げてきた「人間の尊厳」を,雪に閉ざされた山村の残酷さによって,完膚なきまでに打ちのめした.三島由紀夫は「文句なしに傑作を発見したといふ感動に搏たれた」「慄然たる思ひ」と記し,猛烈に推した.都会的なデカダンスとは程遠く,土着の泥の中から死とエロスが立ち上がってきたことへの三島の衝撃は,知的な敬服と底知れぬ動揺が入り混じったものだった.
その次の夜,おりんはにぶりがちの辰平を責めたてるように励まして楢山まいりの途についたのである.宵のうちに明日みんなが食べる白萩様もといでおいたし,椎茸のことも,いわなのことも玉やんによく云っておいた.家の者達が寝静まるのを窺って裏の縁側の戸をそっとはずした.そこで辰平のしょっている背板に乗ったのである
民俗学者たちが史実と異なる旨を反駁すると,深沢は私の脳内にある村だ,と涼しく一蹴した.実際には山梨県境川村大黒坂の農家の年寄りから聞いた姥捨伝説を題材とし,それを肝臓癌を患った実母の「自らの意思で餓死しようとしている」壮絶な死に重ねながら書かれている.アカデミズムを翻弄する嘘に,真実を超えたリアリティを忍ばせる.それが深沢の流儀だった.
恐ろしいほどの核心は,おりんが自らの健康な歯を石臼の角に打ちつけて欠く一撃にある.楢山の掟において,丈夫な歯=旺盛な食欲は「罪」.資源の乏しい共同体では,他者より長く生きようとすることが,すでに暴力に等しい.深沢自身もこの「歯」の主題を身体で引き受けた.本作の印税で真っ先にしたことは,自分の歯をすべて抜いて総入れ歯にすることだった.峻厳な論理が,軽やかで即興的な文体に乗って語られるとき,読者は残酷さと奇妙な安堵が同居する感覚を味わう.
楢山の頂でおりんの上へ静かに積もる雪が,真の主語となる.善も悪もなく,後悔も救済もない.人間が土に還り,山の循環に溶け込む――ただそれだけのことが,圧倒的な静謐として肯定される.後年,深沢は「ラブミー農場」というコミューンを営み,庶民と交わりながら放浪の哲学を生涯貫いた.彼が到達したのは,過剰な延命,死を忌避することを自明とする現代文明に対して,ニヒリズムの遥か向こう側に広がるアナーキーな肯定であった.
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原題: 楢山節考
著者: 深沢七郎
ISBN: 4101136017
© 1964 新潮社
