| 神をうしなった現代の悲劇.エリート商社員の夫と有名私立小に通う息子とくらす奈々子.息子のいじめと無関心な夫,隣人とのやりきれない人間関係の中で幸せなはずの家庭に忍び寄る官能の嵐,そして崩壊.繁栄の時代の影を浮き彫りにする異色の長篇――. |
精神科医として人間の深淵を覗き続け,後にカトリックへの改宗によって実存的な問いを深めた加賀乙彦が照射するのは,物質は満ちたが魂は空洞になった人間社会の病理.ギュスターヴ・フローベール(Gustave Flaubert)『ボヴァリー夫人』のエンマが田舎の退屈と凡庸な夫から逃れようとしたように,本作の主人公・奈々子もまた,外から見れば申し分のない「完璧な家庭」の内側で,静かに窒息しつつある.
夫は名の通った企業に勤めるエリート,息子は有名私立小学校に通い,住まいは都市の空を切り取る高層マンション.高度消費社会が用意した「幸福の見本」を,一家は一通り手にしている.その重厚な扉の内側に横たわる現実,社会が約束した幸福との乖離に加賀の筆は容赦なく食い込んでいく.高層マンションという舞台は,経済的成功の証であると同時に,浮遊精神の象徴として,物語全体に通奏低音のように響き続ける.閉塞した日常のなかで,奈々子の前にある人物が現れる.
かつて淡い憧れを抱いた相手との再会は,長年抑圧されてきた何かに,静かに火を点ける.「ヴィーナスのえくぼ」とは,解剖学的には腰部のくぼみを指し,古来より美と官能の象徴とされてきた.奈々子を絡め取るのは,抑圧されていた肉欲という,より根源的で制御しがたい引力であった.加賀は元精神科医としての知見を活かしながら,人間がいかにして快楽という名の牢獄に自ら進んで足を踏み入れるかを,精緻に描き出す.
真の主題は,物質的豊かさと引き換えに絶対的な価値観――本書の文脈において「神」と呼ばれる――を喪失した現代人が,内なる空虚を満たそうとする藁にもすがる危うさ,実存的な脆さである.奈々子の軌跡は,個人の倫理的失墜であると同時に,ひとつの時代の精神的失墜の縮図.彼女が支払うことになる代償の重さは,読み終えた後もしばらく読者の胸に沈殿し続けるだろう.
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原題: ヴィーナスのえくぼ
著者: 加賀乙彦
ISBN: 9784122019652
© 1993 中央公論新社
