| パリの死刑執行人〈ムッシュー・ド・パリ〉を代々務めるサンソン家の4代目当主として,ルイ16世,マリー・アントワネット,ロベスピエール,サン‐ジュストら,3000人余を手にかけた男,シャルル‐アンリ・サンソン……サンソン家に代々伝わる資料と直接取材を基に,フランスを代表する文豪バルザックが描く,革命期を生きた処刑人の物語を,待望の本邦初訳――. |
フランス革命という人類史の転換点を語る際,マクシミリアン・ロベスピエール(Maximilien de Robespierre)ら表舞台の政治家,王妃マリー・アントワネット(Marie Antoinette)の悲劇に目を奪われがちである.しかし本書は,その血塗られた歴史を「死刑執行人」という最も暗い視座から俯瞰してみせる.1829年に出版されたテキストは,シャルル=アンリ・サンソン(Charles-Henri Sanson)の家族より提供された資料をもとに若きオノレ・ド・バルザック(Honoré de Balzac),ルイ=フランソワ・レリティエ・ド・レン(Louis-François L'Héritier de l'Ain)がドラマチックに再構成したものだ.死刑執行人サンソンは,貴族から平民,国家元首から犯罪者まで,あらゆる階層の人間が「死」によって平等化される瞬間を傍らで見届けた.
手記の執筆を通じてバルザックは,社会という巨大な機械の歯車にすり潰される人間たちの悲喜劇を描き切るための,視座を獲得した.サンソンは国家の正義を執行する公務員でありながら,社会からは「穢れた存在」として忌み嫌われた.代々処刑人を務めるこの家系の当主は,医学を志す心優しい青年でもあった.彼が編み出した外傷用の軟膏や治療技術は多くの市民の命を救っており,サンソンを死神と恐れる者も,名医として頼る者も同時に存在していた.サンソンは敬虔なカトリック教徒で,王党派でありながら,自らの手で主君ルイ16世(Louis XVI)の首を刎ねなければならなかった.命を救う手と命を奪う手が同一の者に帰属する不条理――個人の良心と公的職務が完全に乖離した社会が抱える欺瞞を鋭く告発している.死刑台ギロチンは,身分に関わらず,苦痛を与えずに死を与える啓蒙主義的な人道目的から導入された.
手作業での処刑時代には存在した執行人と死刑囚の間の緊張と葛藤は,ギロチンの登場によって「作業」へと変質した.開発過程で機械に造詣の深いルイ16世は「三日月型の刃ではうまく機能しない.斜めにすべきだ」と助言を与えた.数年後,サンソンはその「斜めの刃」を落として,他ならぬ国王の首を刎ねた.人道主義が生み出した機械が,最も非人道的な大量殺戮のインフラとなったのだ.革命を主導した政治家たちは議会で高邁な理想を語ったが,処刑台という最後の告解室においては,権力の仮面が剥がれ落ち,剥き出しの人間性が露わになる.革命の巨頭ジョルジュ・ダントン(Georges Jacques Danton)は処刑の瞬間まで己の演出を忘れず,「俺の首を民衆によく見せてやれ,それだけの値打ちがある」と言い放った.
ルイ15世(Louis XV)の公妾デュ・バリー夫人(Madame du Barry)は,死の直前までサンソンに「あとほんの少しだけ待って」と泣き叫び続けた.芝居がかったダントンの虚勢よりも,デュ・バリー夫人の見苦しくも切実な生への渇望のほうが,死の恐怖という真理をより正直に突いている.本書は,バルザックの創作的潤色が混入しているため,厳密な歴史学の史料としては慎重に扱う必要がある.しかし思想的・文学的観点から見れば,フランス革命の「狂気」「合理性」の矛盾をこれほど鋭く抉り出した作品は類を見ない.バルザックは後にライフワーク『人間喜劇』において,社会の表と裏を知り尽くした「全能の観察者」――元徒刑囚ヴォートランのような人物――を繰り返し登場させた.サンソンこそがその原型であった.
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Title: LES MÉMOIRES DE SANSON - MÉMOIRES POUR SERVIR À L'HISTOIRE DE LA RÉVOLUTION FRANÇAISE
Author: Honoré de Balzac
ISBN: 4336066515
© 2020 国書刊行会
