| 都会を捨て,アマゾンの密林の中で未開部族の「語り部」として転生する一人のユダヤ人青年……インディオの生活や信条,文明が侵すことのできない未開の人々の心の砦を描きながら,「物語る」という行為のもっとも始原的な形である語り部の姿を通して,われわれにとって「物語」とはどのような意味を持つのかを問う傑作――. |
語り手「私」による分析的・理知的な語り,アマゾンのマチゲンカ族語り部による神話的・幻覚的な語りとが章ごとに交互に展開される.二層構造は形式的に洗練されており,二つの宇宙――文字の文明と声の文化――が接触し衝突する場を,小説という器の内部に再現している.語り部の章に満ちる神話性は,マリオ・バルガス=リョサ(Mario Vargas Llosa)が民族誌文献を参照しながら,文学的想像力によって構築した虚構である.アマゾン先住民マチゲンカ族に接触する外部勢力として描かれる夏期言語研究所(Instituto Lingüístico de Verano)は,実在の米国福音派系団体である.先住民語を記録・保存する名目で奥地へ入り込みながら,実態は部族語をアルファベット化し聖書を翻訳してキリスト教へ改宗させること――すなわち文化的同化の推進にある.
語りによって宇宙の秩序を保持してきたマチゲンカ族にとって,外部から持ち込まれた「翻訳」は,固有の神話体系をキリスト教的パラダイムで上書きする存在論的な破壊を意味する.語り手「私」の元親友,後にマチゲンカ族の語り部(アブラドール)へと変貌するユダヤ系ペルー人スルタス(通称マスカリータ)は,顔の右半分を覆う巨大な赤紫色の痣ゆえに,リマの知識人社会で異形として扱われてきた.近代都市で「怪物」として周縁化されてきた痣は,精霊的・呪術的な世界観を持つマチゲンカ族の中では特異な霊力を持つ者の印として受容される.文明社会から排除された異分子が,森の民の宇宙を繋ぐ中心「語り部」へと至高の変容を遂げる.排除と受容の弁証法として説得力を持ち,サウルがユダヤ系であるという設定にも重層的な意味がある.歴史上「書物の民」と呼ばれ,文字化された律法によってアイデンティティを保持してきた民族の末裔が,究極の声の文化の担い手となって,固定された文字(歴史)から常に変容し循環する声(神話)へと回帰する.
本書への評価において最も看過されがちな問題は,バルガス=リョサの現実の政治的立場との断裂である.本書が発表された1987年にモビミエント・リベルタ(自由運動)を創設し,1990年のペルー大統領選にIMF型経済改革・民営化を掲げて出馬したバルガス=リョサは,同年の論考「征服をめぐる問い」において,先住民文化の近代統合を積極的に支持した.伝統的共同体は個人の自由を抑圧するのであり,痛みを伴うとしても近代化が必然であるというのが,その論旨だった.進歩という名の暴走に対する誠実なアンチテーゼと読まれてきた本書は,近代化を政策として推進した政治家が書いたものである.文化的同化批判は,現実のバルガス=リョサが経済的・政治的次元において推し進めようとしていた方向性と根本的に矛盾する.小説の中で告発されるものを,小説の外で著者自身が実践しようとしていたのだ.本作が孕むもう一つの問題は,マチゲンカ族の描写に潜む審美的プリミティビズムである.
「語りによって宇宙の秩序を保持する民」という形象は,先住民文化を「失われた純粋な他者」として神話化することで,実際の政治的・経済的問題を審美化するリスクを伴う.中南米の先住民研究の観点からすれば,こうした表象は外部の知識人が「声なき者」に代わって語るという構造を再生産しかねない.ペルーの1987年という文脈的状況の根底にあったのは,西洋化・近代化した沿岸部(首都リマ)と,見捨てられ貧窮に喘ぐ先住民の山岳部・密林地帯という,一国内に並存する絶対的な断絶であった.バルガス=リョサはこの亀裂を見つめ,自国に内包された「他者」を理解することの困難性,それでもなお対話を試みる倫理的必要性を問い続けた.その誠実さは認められなければならない.しかし同時に,マチゲンカ族を「語りで宇宙を保つ民」として昇華することが,搾取と暴力構造から目を逸らさせる.その限界を知りながらも書き続けたことは,賞賛にも断罪にも収まらない.
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Title: EL HABLADOR
Author: Mario Vargas Llosa
ISBN: 4003279638
© 2011 岩波書店
