| 銀行員の父と歯科医の母を持ち,経済的に恵まれた生活を送るオルガ.内気な彼女は学校にも行かず,食事も摂らず,心の痛みを必死で帳消しにしようともがいていた.父親に何度も殴られ,厳格な母親に育てられ,13歳のとき,大量の精神安定剤を服用し自殺未遂を起こす.その後も精神病院の女子病棟に収容されるや,激しいリンチをうける.1年間の入院後,居場所がないオルガは家族から逃げ出すため,人里離れた小屋に移り住む…. |
全編を通じて維持された厳格なモノクロームの映像は,ノスタルジーや自己顕示的な装飾とは無縁.オルガ・ヘプナロヴァー(Olga Hepnarová)の世界観を視覚言語へ翻訳している.社会主義リアリズムのプロパガンダ的表象に彩られた1970年代のチェコスロバキアにあって,本作はその色彩を意図的に剥奪する.温もりも,他者とのグラデーションのような繋がりも存在しない.
深い陰影に満ちた画面は,オルガの精神的閉塞の造形であり,観客は彼女の眼差しを通して,色彩=希望と共感が完全に失われた世界を追体験する.オルガを演じたポーランド人女優ミハリーナ・オルシャンスカ(Michalina Olszańska)のパフォーマンスは,圧倒的である.言語の壁を超え,猫背で虚空を見据え,絶え間なくタバコを燻らせる徹底した身体的アプローチによって,社会への不適合がもたらす軋みを精密に体現した.役作りに際してオルシャンスカは実際にチェーンスモーカーと化すほどの没入を見せたという.
オルガは自らを"Prügelknabe"――ドイツ語で「鞭打たれる少年」,転じて「スケープゴート」――と呼んだ.オルシャンスカの演技は,この自己規定がいかにしてアイデンティティの根幹を形成し,破滅へと誘う呪縛となったかを,飛躍のない心理的連鎖として描き出している.1973年7月10日,トラックでプラハの路面電車停留所に突入し8人の命を奪った凶行の描写において,劇的な音楽もスローモーションも一切用いない.機械的に,物理的な結果のみが提示される.
彼女は犯行の3日前,7月7日の土曜日に,動機を記した声明文を「スヴォボドネー・スロヴォ」紙,「ムラディ・スヴィエト」誌に投函していた.しかし土日を挟んだことで郵便処理は週明けへと持ち越され,手紙が編集部へ届いたのは事件後の11日から12日のことだった.もし手紙が予定通りに届いていれば――「歴史の条件法」は,感傷を超えた意味を持つ.オルガの社会へのSOSは,誰かの悪意を介することなく,週末という凡庸な日常サイクルの中に,ひっそりと埋没した.
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原題: JA, OLGA HEPNAROVA
監督: トマーシュ・バインレプ,ペトル・カズダ
105分/チェコ=ポーランド=スロバキア=フランス/2016年
© 2016 BLACK BALANCE, MEDIA BRIGADE, ALEF FILM&MEDIA, LOVE.FRAME, FRAME 100R, ODRA-FILM, SPOON, BARRANDOV STUDIOS, MICHAEL SAMUEL SON LIGHTING PRAGUE, FAMU, ARIZONA PRODUCTIONS.
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