| 日本画のアイデンティティともされる「岩絵具」や「和紙」.それらの歴史は,意外なほど浅い.明治以降,日本画の材料が今あるかたちへと変化を遂げた真の理由とは? 日本画家であり,気鋭の研究者でもある著者が,日本画の祖とされる狩野芳崖の《仁王捉鬼図》に対する蛍光X線分析を使った自然科学調査を皮切りに,文献資料を手掛かりにした材料史的研究などを通して,明治時代から現代までの日本画材料の変化を辿りつつ,韓国,中国,台湾といった東アジア各国の国号絵画についての渡航調査などを総合して,多角的な視点から「日本画とは何か」を考察――. |
日本画(Nihonga)という呼称は,明治期に「洋画」の対義語として事後的に立ち上げられた概念であることは,美術史の常識に属する.本書は,エリック・ホブズボーム(Eric John Ernest Hobsbawm)のいう「創られた伝統」を,「絵具」「紙」「墨」という即物的な物質(マテリアル)の変容から実証する.アーネスト・フェノロサ(Ernest Francisco Fenollosa)や岡倉天心が東洋の理想と称揚した狩野芳崖の諸作には,プルシアンブルーをはじめとする西洋製合成顔料が多用されていた.
精神史として語られてきた様式の変遷が,輸入顔料の化学的論理に下支えされていたという転倒は,本書全体を貫く問題意識である.岩絵具の近代化も両義性を孕む.人造岩絵具の普及は色材を民主化する一方,油彩の重厚感に対抗しようとした日本画をマティエール(絵肌)の肥大化へと引き込んだ.さらに著者は,展覧会制度という外圧が大判和紙の開発を促し,水墨的な滲みの文化(中国の麻紙的伝統)を切り捨てた選択を「脱亜入欧」の物質的証明として読む.
それは,支持体の地政学とでも呼ぶべき視点.終章の「模写」論は,切断の自覚から再統合への議論である.書画同源の思想を矮小化し,東アジアの文脈で特異な孤立進化を遂げた「国号絵画」が,シルクロードや中国壁画との物質的・技術的交流を通じて再構築される可能性,そこに著者の前向きな批評眼が滲む.純粋無垢な伝統という重圧から日本画を解放し,明治の画家たちが異文化と格闘した切実な創造の歴史として再評価するための書である.
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原題: 日本画と材料―近代に創られた伝統
著者: 荒井経
ISBN: 4864630348
© 2015 武蔵野美術大学出版局
