▼『数学を愛した作家たち』片野善一郎

数学を愛した作家たち (新潮新書 167)

 自らの描いた数学教師「坊っちゃん」より,はるかに数学が得意だった漱石.数学が苦手で,士官学校の受験に失敗した二葉亭四迷.父親や社会の偽善を憎むがゆえに数学に没頭した,少年時代のスタンダール.英国の科学・数学偏重の風潮を,ガリヴァーに托して皮肉ったスウィフト……東西11人の作家と数学,作品と数学にまつわるエピソード集.文学的素養や発想法に着目した,古今の数学者たちについても触れる――.

 何学的精神と繊細の精神.ブレーズ・パスカル(Blaise Pascal)が腑分けした二項が,古今の文学者の中でいかに衝突し,いかに溶け合ってきたか.建築科を志すほど数学に明るかった夏目漱石は,『坊っちゃん』の主人公に数学教師の肩書を与えながら,論理的思考力のかけらも持たせなかった.実学を愛しながらも,無味乾燥な計算芸への堕落への軽蔑という複雑な愛憎が人物造形に滲んでいる.

 正岡子規の「短歌滅亡論」もまた,受験への怨嗟として読まれがちだが,著者はそこに別の光を当てる.「限られた文字数の順列組み合わせには数学的な限界が来る」という直観こそ,主張の骨格だという.文学作品において数学者は,しばしば理解不能な奇人として現れる.泉鏡花が描く数学教師の恐るべき妄執,新田次郎が和算小説に活写する派閥争いと秘密主義――算額という土俵で繰り広げられる勝負の世界は,芸術家の狂気と等価の情念に満ちている.海を渡れば,エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe),ジョナサン・スウィフト(Jonathan Swift)という巨人が数学に鋭い刃を向ける.

 論理と洞察を研ぎ澄ませたオーギュスト・デュパンの「代数的推論を分析と混同する者」への批判は,分析を数学の独占物とする思い込みへの反駁,詩的想像力が伴わぬ計算の無力さ,と言い換えてもよい.スウィフトはラピュタの住人たちに,非実用的な科学と数学に耽溺するあまり足元の現実を見失った知識人の滑稽を演じさせた.グルノーブルきっての数学少年だったスタンダール(Marie-Henri Beyle)が数学に幻滅したのは,マイナス掛けるマイナスがプラスになる理由を誰も哲学的に説明してくれなかったからだった.

 数学の極点には文学的飛躍があり,文学の根底には論理的構築があるならば,文系・理系という境界線は,人間の知性が自ら引いた人工的な傷に過ぎない.スタンダールは計算の奥にすら権威による押しつけを嗅ぎ取り,より深い人間の真実を求めて文学へと向かった.対してポール・ヴァレリー(Paul Valéry)は,50を過ぎてもなお数学書を読み漁った.彼にとってそれは実用の道具ではなく,純粋な論理と思考の美が結晶する「空間の神々の神殿」,文学的想像力を滋養する極上の触媒だった.

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: 数学を愛した作家たち

著者: 片野善一郎

ISBN: 410610167X

© 2006 新潮社