| 自由を渇望するヤシの木アッタレーア・プリンケプスが温室のガラスを突き破るが,待つのは凍死のみ.精神的苦悩が刻まれた専制と殉道の政治的暗喩,理想達成と幻想崩壊が一致する近代的ニヒリズム――. |
植物の擬人化という表層を剥げば,自由への渇望とその代償という政治的暗喩,フセーヴォロド・ガルシン(Всеволод Михайлович Гаршин )自身の精神的刻印が絡み合うテキストが現れる.原文において,ヤシの木はロシア語の「пальма(パーリマ)」という女性名詞で受けられる.ロシア語では名詞に文法的な性があり,пальмаは一貫して女性形の代名詞を引き寄せる.英語で船を "she" と呼ぶ慣習に似ているが,ロシア語の場合は文法であり,アッタレーア・プリンケプスは原文の構造において最初から「彼女」として語られている.
温室は快適な環境を提供し,植物本来の生態を抑圧する「人工の牢獄」.周囲のシダたちが与えられた水と暖かさに満足する順応者として描かれるのに対し,ブラジル原産アッタレーア・プリンケプスはガラスの天井を突き破り外気に触れることだけを渇望する.温室の論理からすれば彼女の行動は非合理だが,天に向かって伸びるという自己の本質を取り戻す実存の論理においては,紛れもなく必然である.実在のアッタレーア・プリンケプスは熱帯雨林で20メートル以上に達し,凍てつくロシアの冬空のもとでは原理的に生き延びられない.自由を求める行為が最初からその死を孕んでいる構造は,寓話の土台に埋め込まれ,閉塞した19世紀後半のロシアに重なる.
ガラスの天井は専制政治,シダは無関心な大衆,「彼女」は理想に殉じる急進的なインテリゲンツィアを表している.アッタレーア・プリンケプスの悲劇は,目標を達成したまさにその瞬間に訪れる.苦難の末にガラスを突き破った彼女を待っていたのは暖かな太陽ではなく,ロシアの凍てつく冬の風と雪だった.「たったこれだけのことだったのか」という絶望は,目的論の崩壊を意味する.自由を求めて闘争する過程が彼女の生のすべてであり,目標の達成は同時に,致命的な幻想の証明となる.極めて近代的なニヒリズムの論理に内側から圧力をかけているのは,ガルシン自身の特異な感受性と悲劇的な生涯である.
「同時代人のすべての苦悩を自らの神経で引き受けた」と評されたガルシンは,深刻な鬱病に生涯苦しめられた.1888年,33歳でアパートの吹き抜けから身を投げて自殺する.どれほど高く伸びようとも,外の世界は救済ではなく死という冷たい確信は,ガルシンが精神的疲弊をそのまま寓話の論理として結晶させたものだ.物語の末尾で,凍死した彼女は温室の管理者によって切り倒され,無造作に外へ引きずり出される.そこに感傷的な救済はない.切り倒されたアッタレーアを悼む「小さな雑草」は,連帯・悲哀の目撃者であるが,共に引き抜かれ彼女の上に投げ捨てられる.ガルシンは闘争の高貴さを描きながらも,理想の崇高と現実の冷酷——この2つの皿に,等しく正直な重りを置いた.
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Title: ATTALEA PRINCEPS
Author: Всеволод Михайлович Гаршин
ISBN: 4003262115
© 2006 岩波書店
