▼『幻の漂泊民・サンカ』沖浦和光

幻の漂泊民・サンカ (文春文庫 お 34-1)

 一所不住,一畝不耕.山野河川で天幕暮し.竹細工や川魚漁を生業とし,'60年代に列島から姿を消した自由の民・サンカ.「定住・所有」の枠を軽々と超えた彼らは,原日本人の末裔なのか.中世から続く漂泊民なのか.従来の虚構を解体し,聖と賎,浄と穢から「日本文化」の基層を見据える沖浦民俗学の新たな成果――.

 籍をもたず,日本列島の山野を不定住のまま渡り歩いた人々がいた.「山家」「山窩(サンカ)」という蔑称を帯びた呼称で長らく語られてきた彼らは,近代日本の裏面史において謎に包まれ,不当な扱いを受けてきた集団である.本書は,不可視化された人々に社会経済史的アプローチから光を当て,アカデミズムの怠慢を痛烈に告発する.閉鎖的な犯罪集団や秘密結社という流言によって貶められてきた人々の実際の生業は,箕作り・箕直し,川魚漁,竹細工といった手工業に根ざしたものだった.明治維新直後の戸籍法制定(1871年)は,徴税と兵役を基盤とする国民国家の論理によって,漂泊民の入籍・定住を推し進めた.

サンカの姿は見たこともないのだが,私たちはあたかも種族が違う異形の山人のように思い込んでいた.川原で小屋掛けしているが,数日もすれば風のようにどこかへ立ち去っていく.ボロボロの衣類を身にまとい,風呂敷包みを背にして一家数人で足早に山中を移動する.眼光鋭く,屈強な体つきをしている.彼らに出会ったら,いち早く姿を隠した方がよい.もしも目線があえば必ず襲われる-このような風聞がまかり通っていた

 サンカにいち早く着目したのは日本民俗学の祖・柳田國男であった.柳田は彼らを,大和朝廷の支配を逃れて山野に潜んだ列島先住民「山人(やまびと)」の末裔とみなした.著者はこれに真っ向から反証を突きつける.サンカとは古代以来の先住民などではなく,天保の大飢饉(1830年代)以降に農村から弾き出された無宿の貧農・没落民のなれの果てである――リアリズムに立脚する立場は明確である.文献上にサンカの存在が確認できる最古の記録は1855年,古代・中世へ遡る痕跡はない.独自の遺跡も考古学的証拠も見当たらず,固有の言語体系や強固な組織も存在しない.使用されていた隠語(セソ)も,既存の日本語語彙を入れ替えたにすぎないアゴット(仲間言葉)に過ぎなかった.

維新後,近世の身分制は法制的には廃止された.だが,在地社会では,旧来の身分秩序がすぐに解体されたわけではなかった.特に古い社会慣習が根強く残る農山村では,近世の時代の身分観念はなかなか揺るがなかった.賎民層や漂泊民に対する強い差別意識は,ほとんどそのまま近代に持ち越された

 証拠の不在が,近代以降の社会経済的困窮が生み出した階層という説に説得力を与えている.付言すれば,柳田自身も後年この「山人」研究に行き詰まりを感じ,定住農耕民「常民」の研究へと大きく舵を切っている.結果としてサンカは民俗学の主流から事実上見捨てられ,実証研究の空白だけが残された.元新聞記者だった三角寛は,センセーショナリズムと旺盛な想像力によって,サンカをいかがわしく危険な犯罪集団として娯楽的に描き出した.本書のフィールドワークによれば,三角の小説に登場する特異な掟や生活実態は,現実のサンカには一切確認できない虚構である.

 1962年,三角は虚構に満ちたサンカ研究論文を東洋大学に提出し,文学博士の学位を授与された.娯楽小説のファンタジーが学術的権威として公認され,長らくサンカ研究の基本文献と扱われてきたのである.不誠実な文献が長年にわたり検証もされず,駆逐されることもなかった事実は,アカデミズムの怠慢というほかはない.一方,ネガティブなイメージを負わされたサンカ自身が文字による記録をほとんど残さなかったことで,実証研究を困難にしたのも事実である.研究の多くを村の古老たちの証言というオーラル・ヒストリーに依存せざるを得ない点は,周縁民研究が抱える限界である.

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原題: 幻の漂泊民・サンカ

著者: 沖浦和光

ISBN: 4167679264

© 2004 文藝春秋