| 『日本を決定した百年』は,簡にして要を得た記述にて明治建国から戦後復興までの日本の近代化を跡づけた異色の歴史書である.すぐれた歴史感覚をもち勤勉に働く国民を描きながら,吉田は「日本人は甘やかされてはならない」と述べることを忘れていない.吉田の肉声が聞こえる「思出す侭」を付す――. |
高度経済成長が実を結び,日本の貿易黒字が定着し始めた時代.「明治百年」を翌年に控えた1967年,エンサイクロペディア・ブリタニカの補追年鑑巻頭論文として書き下ろされた論考である.同年10月,89歳でこの世を去った吉田茂にとって,最後の遺言となった.軽軍備・経済重視を掲げ,戦後日本の針路を決定づけた吉田ドクトリンのプラグマティズムは,吉田の生い立ちと切り離して論じることはできない.
生みの親は自由民権運動に奔走した自由党幹部・竹内綱,育ての親は莫大な財を成した横浜の貿易商・吉田健三である.吉田が生を受けたとき,実父の竹内は反政府的動向を問われ長崎の獄中にあった.このため吉田家へ養子に出されることとなる.実父から血脈として受け継いだ国士としての反骨精神,養父のもとで醸成された実業的政治感覚,トレードマークの葉巻に象徴される英国紳士的なブルジョア趣味.
相矛盾する3つの気質を渾然一体とさせた環境が,「ワンマン宰相」と渾名される強烈な個性を育んだのである.吉田は,戦後の日本を「良き敗者」(Good Loser)と呼んだ.軍事的な敗北を潔く認めながらも,外交と経済によって平和裏に勝利を取り戻すという決意の表れである.明治の建国から戦後復興に至る百年の軌跡を一望する本書には,占領体制から講和,独立へと至る精緻なレールを敷いた「保守本流」の肉声が響き渡っている.
徹底した英米協調路線に対しては,対米追従を招き,日本の自主性を損なったとの批判が現代に至るまで絶えない.冷静に問い返せば,冷戦という新たな世界秩序の只中で敗戦国が手にできるカードは,もとより限られていた.軍備の重圧をアメリカに肩代わりさせ,乏しい国力のすべてを経済復興へ注ぎ込む.弱者の外交とは,制約そのものを逆手に取る技芸である.本書から立ち上がるのは,現実主義を貫いた政治家の,最晩年においてもなお失われなかった進取の気象である.
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原題: 日本を決定した百年―附・思出す侭
著者: 吉田茂
ISBN: 9784122035546
© 1999 中央公論新社
