▼「メッツェンガーシュタイン」エドガー・アラン・ポー

ポオ小説全集 1 (創元推理文庫 522-1)

 ハンガリー貴族の男爵メッツェンガーシュタインは,宿敵ベルリフィッツィング家の馬に憑依した亡き当主の霊に支配され,やがて炎上する城の中へ馬とともに消えていく……呪いと破滅の怪奇譚――.

 名な傑作群の陰に置かれがちな小作品である.しかし,恐怖の源泉を外部の超自然現象から人間の内面へと移行させようとする,若きエドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe)の実験的野心を凝縮した,極めて重要なテクストである.ポーにとって初めて活字化された短篇は,初出時にはドイツ風の模倣(A Tale in Imitation of the German)という副題が付されていた.1831年,フィラデルフィアの「サタデー・クーリエ」紙主催の懸賞に落選したのち,翌年同紙に掲載されるという経緯をたどった.

 当時,呪いや怪異を題材にした大仰なドイツの戦慄小説(Schauerroman)は,一種の流行現象であった.ポーはこれをパロディとして着想したのだろう.誇張を意図した記述が,書き進める過程でいつしか真の不気味さへと変質し,風刺の骨格を喰い破っていく.結果として本作は,嘲笑の対象であったはずのジャンルを,心理的恐怖の次元へと引き上げた.物語の骨格は,宿敵同士であるメッツェンガーシュタイン家とベルリフィッツィング家の因縁,炎の中から出現する巨大な馬の影――その正体に関して,超自然的解釈と心理学的解釈が完全に共存し,どちらも否定されない.

 超自然的な読みにおいては,タペストリーに描かれた馬が実体を帯び,炎の中で死んだ老伯爵ベルリフィッツィングの魂が転生した存在として,若き暴君フレデリックへの復讐を果たすと解せる.同時に,心理学的な読みも同等の説得力を持つ.巨大な馬は,フレデリック自身の抑圧された罪悪感と狂気の外化ではないのか.親の愛情を知らぬまま絶対的権力を手にした若者の内的荒廃が,幻覚として形を成し,やがて自らを炎へと誘い込む――そう読んだとき,この物語は,自壊する精神の記録として立ち現れる.

 後年,『告げ口心臓』『黒猫』で昇華させた罪悪感が幻覚を産み,幻覚が破滅をもたらすポーの恐怖心理は,すでに処女作に胚胎している.過剰な形容詞の堆積やメロドラマ的な展開など,初期作品固有の瑕疵を指摘することは容易である.それらの未熟さを差し引いてなお,内面から滲み出す狂気が自己を滅ぼすという心理ホラーの論理が,ほぼ完成された形で提示され,英米文学における「恐怖」の質を変容させる第一歩であった.ポーを読む者は,傑作の栄光だけでなく,この小さな処女作から読み始めるべきである.

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Title: METZENGERSTEIN

Author: Edgar Allan Poe

ISBN: 4488522017

© 1974 東京創元社