■「スリング・ブレイド」ビリー・ボブ・ソーントン

スリング・ブレイド [Blu-ray]

 過去に罪を犯した寡黙な男カールは,25年ぶりに故郷へと戻った.彼はそこで父親のいない少年とその母親と親しくなる.穏やかな暮らしを営み始めた彼が,ある時その母親の恋人,ドイルの虐待を知ってしまったことで,彼は過去に犯してしまった過ちを再び繰り返してしまう….

 部ゴシックの美学,愛のための罪という純粋性と暴力のパラドックス.幼少期に母親とその愛人を殺害し,数十年を精神病院で過ごした後に社会へ戻されたカールは,引きずるような歩行と下顎を突き出した独特の表情を持ち,異質な存在感を放つ.物語はカールと心を通わせる少年フランク,フランクの母の恋人ドイルとの対立を軸に展開する.社会的文法において,殺人の前歴を持つカールは「危険な狂人」に分類され,ドイルは社会の枠内にいる「健常者」である.本作は,この分類が倫理的実質とまったく無関係であることを静かに描く.

 カールの道徳観は,知的能力とは独立した魂の感受性に根ざしており,ドイルの暴力と支配欲は社会規範によって黙認されている.カールは文学的伝統における聖なる愚者(Holy Fool)の系譜に属する.善悪を直覚する能力が,単純ゆえに純粋な形で保たれている彼が最終的に下す決断は,法治国家の論理が「再犯」と呼ぶものだが,映画の文脈においては愛する者を守るための自己犠牲的な代償行為である.本作がどちらの結果も却下せず,同時に成立させる点に,脚本の成熟がある.本作は約100万ドル,24日間の撮影という厳しい制約の下で製作された.

 制約的な条件は,結果として映像のミニマリズムを生んでいる.余剰のショットを撮る余裕がなかったことが,カメラを人物に据え続け,俳優たちの沈黙の「間」を引き出した.本作の原型はビリー・ボブ・ソーントン(Billy Bob Thornton)が脚本を書き,主演した短編映画「Some Folks Call It a Sling Blade」(1994)である.長編化においてジム・ジャームッシュ(Jim Jarmusch)がカメオ出演――アイスクリームスタンド店員――で支援の意を示したことは,インディペンデント映画の共同連帯力と解釈できるだろう.ダニエル・ラノワ(Daniel Lanois)によるアンビエントな音楽は,アメリカ南部のまとわりつくような湿気と閉塞感を音響的に結晶化させている.

 映画は精神病院の窓から外を眺めるカールの姿で始まり,同じ場所・同じ姿勢で終わる.円環構造は,運命が出発点において既に決定されていた悲劇性と同時に,自らの意志によって世界の悪を一つ刈り取り,本来属する静寂へ帰還した奇妙なカタルシスをもたらす.ソーントンは撮影期間中,靴の中に砕いたガラスを入れ,絶え間ない疼痛を自らに課したという.カールの歩みに内在する痛みは,過去の罪から決して解放されない精神的負債,世界の中を移動するたびに贖いえぬものを引きずっていることを,知覚レベルで観客に刻み込む.語られた苦悩ではなく,歩かれた苦悩――本作の演技的核心である.

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原題: SLING BLADE

監督: ビリー・ボブ・ソーントン

134分/アメリカ/1996年

© 1996 Miramax Film Corp