| 昔から広く日本人に愛され,今では健康食として世界を席巻しつつある豆腐.それはいつ,どこで誕生し,日本でどう受容されてきたのか.料理法や派生食品も含めて考察,さらに風土に根ざした様々な豆腐を日本各地にたずね,不思議な白い食べ物の魅力をトータルに描き出す.食文化研究の第一人者による渾身の書下ろし――. |
腐という文字を冠しながら,その実態は「腐敗」とは無縁.中国語における「腐」とは液体が柔らかく固まる状態をさす.豆腐は,地味で控えめな白い塊にすぎないが,東アジアの風土・宗教・民衆の生活知が幾重にも堆積した文化の結晶でもある.本書の骨格を成すのは,豆腐の発明から民主化へと至る縦の時間軸,大陸から列島,本土から沖縄へと延びる横の空間軸とが精緻に組み合わされた構成である.
前半部では,前漢の淮南王・劉安を発明者とする伝説を文化史的視点から冷静に検証しつつ,日本の文献への初出――平安末期1183年,神官・中臣祐重の日記に記された「唐符」――への接続を丁寧に辿る.着目するのは,肉食を禁じられた禅僧たちの精進料理と豆腐との必然的な親和性である.良質な植物性タンパク質を必要とする寺院ネットワークが,豆腐を全国へ伝播させた宗教的・社会的ダイナミズムを描くことで,食の伝播が思想と制度の移動でもあることが明快に示される.白眉は,江戸時代における豆腐の民主化をめぐる分析,とりわけ『豆腐百珍』の考察にある.
百種の豆腐料理を六等級に分類したベストセラーを,成熟した出版文化と,食を遊びや美学として享受するに至った江戸庶民の精神性の発露として位置づける.単一の安価な食材からこれほどの多様性を引き出しえた背景に,調理という行為を芸として昇華させる日本的美意識の存在を読み取る視点は,文化史と美学史の境界を鮮やかに横断する.しかし,豆腐の淡白な味わいを活かす醤油や出汁との相互発展史への踏み込みはやや薄い.
豆腐のフラットな中立という性質は,それを受容する調味料の洗練があってはじめて文化的価値を持つのであって,両者の共進化を論じることで本書の議論はさらに奥行きを得たはずである.終章で触れられるように,かつて無味乾燥と欧米で敬遠された豆腐は,今や「TOFU」として環境負荷の低いプラントベースフードの象徴となった.控えめな白い塊が,実は数千年の人類の知恵と壮大な文化伝播のロマンを内包していたように,地道な食文化史研究が,現代の世界的潮流を照らし出す.
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原題: 豆腐の文化史
著者: 原田信男
ISBN: 4004319994
© 2023 岩波書店
