■「戦場にかける橋」デヴィッド・リーン

戦場にかける橋 HDデジタルリマスター版 [Blu-ray]

 1943年第二次世界大戦下のビルマ.日本軍の斉藤大佐を長とする捕虜収容所に,ニコルソン大佐率いる英軍捕虜が送られてきた.鉄道建設を急ぐ斉藤大佐は,米軍のシアーズとともに建設現場で働くことを彼らに命令.工事は進み着々と橋は完成に近づくが,ちょうどその頃,同じ英軍の手によって橋の爆破工作が進められていた….

 限状態における人間の執着,功名心が孕む狂気のもたらす悲劇.映画史において本作が不朽の地位を築いた理由は,ハリウッド黄金期の終焉と新たな表現の模索が交差する時代のなかで,敵味方という二元論を排し,イデオロギーの衝突を冷徹に描き切った点にある.アレック・ギネス(Alec Guinness)演じるニコルソン大佐は,英国軍人の誇りとジュネーブ条約を盾に,捕虜収容所所長である斎藤大佐(早川雪洲)の横暴に徹底抗戦する.対立は当初,「野蛮な強制労働」対「文明的な法の遵守」という明快な構図として現れる.しかし,部下の士気維持と英国軍人の優秀さを証明せんとするあまり,ニコルソンは重要インフラである橋を完璧に作り上げることに執念を燃やし始める.

 目的と手段が逆転し,誇り高き矜持が利敵行為へと変貌してゆく本作は,狂気を単一の人物に帰着させていない.ニコルソンが規則と誇りを信奉し,斎藤が義務と面子に縛られる一方,ウィリアム・ホールデン(William Holden)演じるシアーズ中佐は,生存を最優先とするプラグマティストとして,英日が共有する「名誉」という観念のアンチテーゼとして存在する.そのシアーズでさえ,最終的には連合軍の無慈悲な官僚主義によって死地へと送り込まれてしまう.物語のクライマックスは,さながらギリシャ悲劇のハマルティア(致命的欠陥)を思わせる.

 心血を注いで建設された橋を,自らの手によって破壊しなければならない.建設という創造的行為がそのまま破滅へのカウントダウンへと転化する不条理,リアリズムへの狂気的なまでの執着が圧倒的な説得力をもたらしている.セイロン(現スリランカ)のジャングルに約25万ドルという巨費を投じて実際に架橋し,数百人の労働者と数十頭の象を動員した上で,本物の列車を走らせたまま一発勝負でダイナマイトにより爆破した.ラストシーンにおけるクリプトン軍医の絶叫――狂気だ!――に,すべては収斂する.

 名誉,義務,誇りといった美辞麗句に飾られた論理と自己正当化の果てに残るのは,破壊された橋の残骸と無残な死体のみである.苛酷な労働へと行進する英国捕虜たちが奏でる《クワイ河マーチ》の軽快な旋律.肉体を支配されても精神までは屈服しないという,言葉なき抵抗の宣言として響き渡るあの口笛は,なぜ歌われなかったのか.当時この曲には,映画検閲規定(ヘイズ・コード)に抵触する卑猥な替え歌が存在したためである.検閲を回避するための苦肉の策が,図らずも言語と文化の壁を超えた普遍的な名シーンを生み出した.本作は,軽快な口笛の余韻とともに,歴史の狂気と人間の業を見据えている.

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原題: THE BRIDGE ON THE RIVER KWAI

監督: デヴィッド・リーン

155分/アメリカ/1957年

© 1957 renewed 1985, 1995 Columbia Pictures Industries, Inc.