| 行動派作家が現代に挑む深層ルポ.心を病む企業戦士,風俗産業の女,山谷に斃れた映画監督……知られざる同時代人との魂の交感と,状況への洞察によって写しとった世紀末日本・光と闇の42景――. |
バブル前夜の日本社会が隠蔽しようとした「周縁の実相」を肉声で証言する,フィールドワーク文学である.オートフォーカスカメラとメモ帳という簡素な装備を選んだ著者の姿勢は,文学的虚飾を廃し,剥き出しの現実を素手で掴み取ろうとする意志である.銀座や新宿の喧騒ではない.そこからわずかに外れた,あるいはその深層に潜む「東京の辺境」.繁栄の地図に書き込まれることのない場所である.
1980年代半ば,キヤノン「オートボーイ」に代表されるオートフォーカスカメラの普及は,写真撮影を専門技術の領域から日常の記録行為へと解放した.咄嗟に目に飛び込んできた光景を反射的に定着させる撮影行為が,対象と身体ごとぶつかる散文の文体と,そのまま照応している.著者にとって,カメラは観察の距離の確保というより,皮膚と世界の接点を刻む器官に近い.対象の懐に深く分け入り,体温を感じる距離で言葉を交わす.それは取材ではなく交感である.
一回ずつは小さな旅ながら,こうして毎週毎週四十五回もくりかえしてみると,私は時代という茫漠たる砂漠の中を,コンパスも持たずに闇雲に歩き回っていたのだとわかる
著者の文章が時にルポルタージュと鎮魂の詩の境界を越えるのは,まさにこの距離感の産物であるはずだ.本書で描く人々――心を病んだ企業戦士,刹那に生きる風俗の女性たちなど――を,同情の視線のもとに置かれた「犠牲者」として処理していない.過酷な条件のもとで脈打つ生のエネルギーを抽出する.そのエネルギーに触れることで,作家自身の創作意欲が歓喜を伴って再燃していく.このプロセスこそ,本書の最も豊かな隠しテーマをなしている.
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原題: 世紀末通りの人びと
著者: 立松和平
ISBN: 4620305375
© 1986 毎日新聞社
