| 無実の罪で投獄された男が,刑務所の「制度化」という絶望に対し,時間と忍耐を武器に論理的に抗う.彼の不屈の脱獄は,希望を恐れていた親友レッドの呪縛を解き放ち,真の「生」へと導く――. |
絶望的な不条理を論理的に解体することに成功した男の物語である.無実の罪でショーシャンク刑務所に投獄されたデュフレーンの真の敵は,静かに進行する精神の摩耗――制度化と学習性無力感――という本質的な脅威だった.それに屈服することなく彼が行使した武器は「時間」という変数を活用した,沈黙の数学であった.デュフレーンが趣味とする地質学は,重要な構造的隠喩である.「地質学は圧力と時間の学問だ」という彼の言葉が示す通り,刑務所での27年間は,地質学的なスケールで設計されたプロジェクト期間であった.小型のロックハンマーで石を磨き,コンクリートの壁を削り続けた行為は,果てしない時間を忍耐によって細分化し,最終的に自由という結果へ積み上げてゆく,論理的な作業である.
作中においてハンマーはわずか6ドルで囚人レッドから調達されたものだが,些細な初期投資が27年という時間の複利効果によって計り知れない価値――自由と隠し財産――を生み出す.デュフレーンはしかし,漫然と壁に穴を掘っていたわけではない.絶対的な管理社会の内部に,自己の尊厳を保つためのインフラを段階的に構築していったのだ.刑務官の税務処理や資産運用を代行することで,囚人という最底辺の階級から必要不可欠な専門家へと自らの価値を再定義した.屋上で冷えたビールを仲間たちに振る舞う有名な場面は,知性が暴力的な権力をコントロールし,日常に主導権を奪還した瞬間である.往年のハリウッド女優たちのポスター,それは物理的に刑務所の壁の穴を隠す蓋であると同時に,デュフレーンが耐え抜いた時間を測定する,精密な時計でもあった.
リタ・ヘイワース(Rita Hayworth)からマリリン・モンロー(Marilyn Monroe),ジェーン・マンスフィールド(Jayne Mansfield)へとポスターが交代してゆくことで,読者はアメリカのポップカルチャーの変遷とともに,削られ続けた壁の厚さ,失われた年月の絶対的な重みを,正確に計らされる.なお映画版――「ショーシャンクの空に」(1994)――から「リタ・ヘイワース」の名が外された理由は,ハリウッドの代理人たちが有名女優の伝記映画と誤解し,オーディション希望者が殺到したためだった.記号と実体の乖離を巡る皮肉な挿話である.真に魂の救済を受けるのは,デュフレーンではない.親友であり語り手となったレッドがその対象である.レッドは「希望とは危険なものだ」という信念に基づき,制度化と無力感に深く染まった現実主義者として存在していた.デュフレーンの四半世紀にわたる行動は,この信念体系に対する,沈黙の論駁であり続けた.
絶対不可能に思われた脱獄という「証明」が完了したとき,レッドの現実主義は打ち砕かれ,新たな希望の論理を受け入れざるを得なくなる.対立構造として置かれるのは,老囚人ブルックスの末路である.半世紀以上を刑務所で過ごした挙句,制度の外へ放り出された途端,精神の拠り所を失い絶望に呑み込まれた.制度化が完成した人間にとって,自由とはむしろ致命的な暴力となりうる――ブルックスはその命題を体現した反証例であり,レッドが乗り越えるべき「もう一つの自分」であった.物語の到達点であるメキシコの港町ジワタネホは,デュフレーンが積年の苦しみの末に導き出した究極解であった.メキシコ人は太平洋のことを「記憶を持たない海」と呼ぶという.冤罪も屈辱もリセットされる地へ向かうことが,論理的必然としての選択であった.その証明を目撃したレッドもまた,ブルックスとは異なる道を選ぶ.必死に生きるか,必死に死ぬか――峻烈な二元論の前で,制度化の呪縛を自らの意志で断ち切り,レッドは清廉な土地で「生」を選択したのだ.
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Title: RITA HAYWORTH AND SHAWSHANK REDEMPTION
Author: Stephen King
ISBN: 410219312X
© 1988 新潮社
