| 天明の飢饉下の凄惨な記録に,無名の女のその後を書き添えた鰭紙.大庄屋・後世の誰か・作者という三重の視線が,歴史に沈もうとした一個の生を静かに浮上させる――. |
天明の飢饉(一七八二〜一七八八年)下の南部領.老人や幼児の間引き,餓死した老婆と老父を黙って交換し合う村人たち,川岸で子供の肉を口にする若い女を,情動を徹底的に削ぎ落とした乾いた文体で再録する.凄惨な描写の傍らに,ひそかに貼り添えられた一枚の鰭紙(ひれがみ).鰭紙とは,現代の付箋に相当する,情報の補足や訂正を記すための紙片である.公文書の文脈において,ある無名の女のその後をわざわざ鰭紙に書き添えるという行為,剰余の意志を吉村昭は拾い出す.
大庄屋の記録は,出来事を淡々と記録することで完結している.にもかかわらず,後の誰か――記録者本人なのか,資料の管理者なのか,今となっては知る術もない――凄惨な事実が独り歩きすることを恐れるかのように,あるいは単純な憐憫から,女のその後を書き添えずにはいられなかった.この衝動こそが,書くことの厳粛さの核心に触れている.本作の構造を見ると,少なくとも3つの視線が重なり合っていることに気づく.天明の飢饉を目撃し記録した大庄屋の眼,その記録に黙して鰭紙を貼り添えた後世の誰かの眼,そして現代においてこれを読み解く吉村昭(=読者)の眼.
記録とは過去への奉仕であるが,鰭紙は未来への静かな申し送りでもある.視線の重層性が,歴史の抽象的な流れのなかに沈もうとしていた一人の女の生を,具体的な輪郭をもつものとして浮上させる.歴史とは年代と数値の集積ではなく,かつてそこを生きた個の痛みの集積,その命題を,構造によって体現してみせる.十枚という短さで冗長な説明を拒み,余白に読者の想像力を召喚することで,作品は閉じるのではなく,静かに開かれたまま終わる.読後に残る戦慄と沈黙は,その開口部から滲み出る.
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原題: 鰭紙
著者: 吉村昭
ISBN: 4101117454
© 2003 新潮社
