| 幼き日の悲劇で心に傷を負い疎遠になった兄弟.出所後も酒に溺れる兄と,薬物依存でシングルファーザーの弟は母の葬儀で再会する.過酷な現実と過去の罪悪感に苦しみながらも,微かな希望の光を求めて必死にもがき生きる…. |
デンマークの作家ヨナス・T・ベングトソン(Jonas T. Bengtsson)によるベストセラー小説を原作とする本作は,原題と邦題の鮮やかなコントラストが,作品の本質を現している.原題"SUBMARINO"は「水責めの拷問」「どん底の人生」を意味するスラングであり,文字通り息もできないほどの苦難にあえぐ登場人物たちの状況を示す隠喩.対して邦題「光のほうへ」は,彼らが暗い水底から求めてやまない希望を指し示す.2つの題名の間に張り詰めた緊張こそ,この映画の呼吸である.映像は,その「光と影」を雄弁に物語る.
養育能力を欠いたアルコール依存症の母親のもと,兄ニックと次男が乳飲み子の末弟を懸命に世話する幼少期の回想シーンは,神聖さすら帯びた眩い光に満ち溢れている.しかし成長した彼らを描く中盤以降,トーンは一変する.冷たい氷雨が降りしきるコペンハーゲンの街並みは仄暗く彩度を落とした映像で切り取られ,兄弟が絶望の淵に佇む緊迫感を静かに漂わせる.次男に固有の名が与えられず終始「弟」として描かれる点も,社会の周縁に追いやられた者たちの匿名性を強調する巧妙な仕掛けである.舞台となるコペンハーゲンは北欧唯一の100万都市であり,劇中にも薬物依存者のためのシェルターや低所得者向け公営住宅など,福祉国家デンマークのシステムが機能している様子が随所に窺える.
全体を支配するダークなトーンは,そうした最低限の社会的保障が必ずしも人の魂を救済し幸福へと導くものではないという,冷酷な現実を突きつける.メガホンを執ったトマス・ヴィンターベア(Thomas Vinterberg)は,ラース・フォン・トリアー(Lars von Trier)らと共に映画運動「ドグマ95」を創設し,記念すべき第一作「セレブレーション」(1998)で世界に衝撃を与えた.本作は「時間的・地理的な乖離の禁止」「表面的アクションの禁止」といったドグマの厳格なルール"純潔の誓い"からは逸脱している.しかし,安易な商業主義を排し人間の暗部を容赦なく見つめるリアリズムの精神において,ドグマ95のDNAは確実に脈打っている.
制度の網の目が,すくい損ねる命の重さ――本作が問いかけるのはその一点である.育児のセオリーなど知る由もなかった幼き日,溺愛する末弟との和みのひとときを包んでいた光は,物語の終盤,形を変えて再び彼らの前に現れる.逃れられない罪の意識に溺れそうになりながらも,水底でもがき続けた者たちだけが見出せる,微かな希望の光.人間の存在に根ざす圧倒的な弱さと脆さを徹底して凝視した末に,分かちがたく絡み合う光と影のコントラストが浮かび上がる.冷徹な社会派リアリズムの相貌を持ちながら,本作は最終的に,傷ついた魂への鎮魂歌へと静かに昇華される.
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原題: SUBMARINO
監督: トマス・ヴィンターベア
114分/デンマーク/2010年
© 2010 Nimbus Film Productions
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