| じっと動かない植物の世界.しかしそこにあるのは穏やかな癒しなどではない!植物が生きる世界は,「まわりはすべてが敵」という苛酷なバトル・フィールドなのだ.植物同士の戦いや,捕食者との戦いはもちろん,病原菌等とのミクロ・レベルでの攻防戦も含めて,動けないぶん,植物はあらゆる環境要素と戦う必要がある.そして,そこから進んで,様々な生存戦略も発生・発展していく――. |
窓辺の観葉植物に癒しや平穏を求める現代人の感傷を,本書は爽快なまでに打ち砕く.沈黙し,ただそこに佇んでいるように見える植物界が,いかに血みどろの激戦区であるかを解き明かす一冊である.全6ラウンドに設定された本書の構成は,植物が直面する脅威のスケールをミクロからマクロへと段階的に提示し,彼らが練り上げてきた生存戦略の論理的必然性を示す.第1・第2ラウンド(対植物・対環境)においては,光と水,領土を巡る容赦のない陣取り合戦である.植物の最大の弱点は「動けない」ことだ.しかし,退却できないからこそ,その場での徹底抗戦を余儀なくされ,高度な戦略を発展させてきた.
クルミの木が根からジュグロンという毒素を分泌し,周囲の他の植物の成長を阻害するアレロパシー(他感作用),砂漠のサボテンが日中の水分の蒸発を防ぐため,夜間にのみ気孔を開いて二酸化炭素を取り込むCAM型光合成など,苛酷な環境に対する適応メカニズムは,まさに沈黙の兵站術.続く第3・第4ラウンド(対病原菌・対昆虫)で,著者の筆致は熾烈な化学戦の深淵へと読者を誘う.私たちが日常的に嗜むコーヒーのカフェイン,タバコのニコチン,ハーブの芳香成分.これらは人間を癒やすために存在しているわけではない.本来は,葉を食い荒らす昆虫の神経系を狂わせ,撃退するための神経毒であり,忌避剤なのである.
キャベツなどの植物がアオムシに囓られた際,揮発性物質(SOS信号)を大気中に放出し,アオムシの天敵である寄生バチを呼び寄せるという驚くべき「傭兵術」など,人間にとっての薬や嗜好品は,植物の兵器であるという進化学の冷酷にして美しい真理を裏付けている.後半の第5・第6ラウンド(対動物・対人間)では,進化の歴史という壮大な時間軸へと接続される.かつて地球を支配した巨大恐竜の凄まじい食害に対抗するため,植物は被子植物へと進化し,食べられてもすぐに再生する旺盛な繁殖力を獲得することで生き残った.本書の白眉とも言えるのが,最終章の「対人類」戦略である.
人間は自らの知恵で小麦やトウモロコシを栽培(支配)していると信じている.しかし植物側の視点に立てば,自らの種子を人間に世界中へ運ばせ,競合する雑草を抜かせ,害虫を駆除させ,あまつさえ肥料まで与えさせるという,究極の「人間の奴隷化」に成功しているという解釈は斬新.本書は,平易でユーモアを交えたポピュラーサイエンスの体裁をとりながら,底流には「生存とは何か」という根源的な問いがある.ホモ・サピエンスの繁栄すらも,植物の生存戦略の手中に収め,動けないという最大の制約を,他者を利用する共生・操作という最大の武器へと変換した植物たち――本書を読了した後では,見慣れた街路樹や食卓のサラダすらも,全く違った輪郭を伴って目に映る.
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原題: たたかう植物―仁義なき生存戦略
著者: 稲垣栄洋
ISBN: 4480068406
© 2015 筑摩書房
