▼『所有とは何か』岸政彦,梶谷懐〔編〕

所有とは何か-ヒト・社会・資本主義の根源 (中公選書 138)

 本やスマホ,土地や家屋,雇用や資産.自分のモノとして持っていることが「所有」であり,衣食住や商品取引,資本主義の原点である.こんにちシェアやサブスクがあるのに,ヒトは所有せずにいられない.他方でヒトの生存を守る所有権が,富の偏在を生む元凶となっている.なぜだろうか?経済学や社会学,人類学の第一線の研究者6人が,所有(権)の謎をひもとき,人間の本性や社会の成立過程,資本主義の矛盾を根底から捉えなおす――.

 有とは,法的な権利の表象に過ぎないのか.それとも,文化的に共有される関係の束(bundle of rights)なのだろうか.本書は,近代的所有権という制度的固着から所有を解放し,その動的な実態を問い直す論考である.戦後沖縄の分析(第1章)から導き出されるテーゼは,所有の根拠が国家による保証よりも社会的合意に存するという事実を鮮明に示す.米軍統治下における土地接収は,法なき非公式経済圏における規範の自律的な生成を促した.盗品流通にすら見出される独自の秩序化は,法制度の外部においても人間が規範を自生させる主体であることを思わせる.

 秩序は国家が付与するものではなく,関係者間の交渉と慣行の沈殿によって形成される――この論理は,タンザニアにおけるフィールドワーク(第2章)によって,対抗軸へと発展する.環境の不確実性が高い地域において,固定的私有制は必ずしも合理的ではない.むしろ,分散的所有や贈与こそが高度な保険戦略として機能するという事実は,植民地期に導入された登記制度がなぜ挫折したかを雄弁に物語る.近代的財産権の普遍性は,地方的な幻想へと相対化され,普遍を僭称する制度が,いかに特定の生態的・社会的文脈に依存した構築物であるかが暴かれる.

 中国における「名目上の公有」「事実上の使用権」という二重構造(第3章)は,生存と実効的安定性を優先する制度のプラグマティズム.宋代江南における株式的な小作関係から,現代IT企業が国家と市場の狭間で維持する曖昧な所有形態に至るまで,そこには単一モデルへの収斂を拒む重層的な所有の系譜が一貫して流れている.理論的考察(第4章)においては,ロナルド・コース(Ronald H. Coase)の取引費用概念を再解釈し,青木昌彦の制度論を接合することで,所有の本質が「関係者間の共有された認知」へと深化する.

 地球規模の有限性(第5章)という現実が,所有論を新たな危機へと突き動かす.世界システム論がかつて前提としてきた無限の外部は消失し,限界が顕在化した.現在進行しているのは,資本主義があらゆるものを内部へと回収する「内在化」プロセスである.所有とは,時代と文脈が織りなす制度的妥協の産物,いかなる形態も暫定的かつ交渉可能なものとして現れる.シェア経済が浸透してもなお,私たちが所有を渇望するのはなぜか.所有の拡張は,もはや新たなフロンティアを切り開かず,既存の関係性を再分割するゼロサムの争奪戦へと変容しつつある.

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原題: 所有とは何か―ヒト・社会・資本主義の根源

著者: 岸政彦,梶谷懐〔編〕

ISBN: 4121101391

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